勅命
翌日の朝方、ティアナはクレアとカークの様子を見るため医務室を訪ねようと、長い廊下を歩いていた。
そこで、前方からこちらへ歩いてくる人影を見てティアナは驚いた。
その人影の正体は、カークだったからだ。
「カーク?」
そう、ティアナは名を呼びながらカークへと近寄った。
「あれ、姫様。おはようございます。こんな所でどうしたんですか?」
「おはよう。あなたとクレアの見舞いに行こうと思っていたのだけど…カークはもう動いて大丈夫なの?」
「ええ、俺は全然平気ですよ。ただクレア将軍はまだ動けないみたいです。歳ですかね?」
「カークとクレア、一歳しか変わらないじゃない」
「18歳と19歳では結構変わるものですよ。とりあえず、姫様もクレア将軍のこと労わってあげて下さい。きっと喜びますよ」
カークはそうティアナに言うと、ティアナに向かって小さく一礼するとそのままティアナの横をすり抜けていった。
礼をして顔を上げた瞬間に見えたカークの瞳にはまだ強い闘志が残っていて、またすぐにでも鍛錬を始めるつもりだろうと大体予測はついた。
昨日の試合で、惜しいところまで言ったとはいえ、またしてもカークは負けてしまったのだから。
ティアナはそんなカークの背中を見送ってから、クレアが居るであろう医務室へと向かった。
医務室の扉を開け、その中を進んでいく。
ティアナは医務官と何人かすれ違ったが、ティアナの目的がハッキリわかるからか、誰もティアナに声はかけなかった。
ただ、美しく長い金髪をなびかせながら歩く少女に、皆が少し見とれていた。
ティアナは何台も並んでいる誰もいない寝台の横を通り過ぎ一番奥のクレアがいる寝台へたどり着いた。
だがそこには、ティアナが予想していたような寝込んでいるクレアは居なかった。
既にクレアは隊服に着替えており、ティアナが来たことに気がつくと、穏やかな笑顔を見せた。
「ティナ、おはようございます。昨日はここまで運んでもらってしまったようで…申し訳ありませんでした。俺はそれをほとんど覚えていないのですが…」
「ううん、昨日はクレア、随分ぐったりしてたものね。もう動いて大丈夫なの?」
「はい、カークはもう鍛錬を始めたみたいですし、俺も負けていられないですからね。」
クレアが笑顔でティアナへ言葉を返したが、ティアナには先程から気になっていることがあった。
「…クレア、本当はまだ、カークの最後の一撃が効いてるのではない?」
「そ…そんなわけないじゃないですか。俺は全然元気です。大体、カークの拳ぐらいで動けなくなるなんて…」
「…じゃあ、なぜ全くこちらを向かないの?」
ティアナが来た時、クレアは寝台の横側に座っていたが、ティアナが側へ立ってもクレアは目線や顔だけ少しこちらへ向けただけで、絶対に体を捻ろうとはしなかった。
「……。」
「やっぱりクレア、肋骨が折れてるんじゃない?」
「いや、大丈夫です本当に…」
そう言いながらもこちらを向けないでいるクレアを見て、ティアナはとても軽くクレアの脇腹を叩くと、クレアの口から小さく悲鳴が漏れた。
「いっ…」
「やっぱり痛いんじゃない。多分折れているわ。でも、動かさない限りあまり痛みがないのなら、骨はずれていないということだから、数日は絶対安静。寝ていなさい」
「……はい…。」
口論でもう勝ち目がないと思ったのか、クレアは少し不服そうにだがそう返事をした。
それにティアナも満足して頷いたその時だった。
「失礼いたします、ティアナ姫様、クレア第二将軍。ティアナ姫様に、王からの招集がかかっております。今すぐに王の間へ来いとの仰せです。」
と、一人の宮中警備の兵が手を後ろへ組み、頭をたれながらティアナとクレアに言った。
その言葉に、ティアナとクレアは驚いて、一瞬顔を見合わせた。
…いよいよ、三年前の父上との約束の時が来たのかと、ティアナは少し緊張してきた。
ティアナは、あの時王と話したことは、クレアにも話してあった。
そのため、クレアも王のティアナへの用件は何かの命令であるとわかっていたのだ。
「わかった、すぐに行きます。クレア、また後でね」
「…ティナ、待ってください」
歩き出そうとしたティアナの手を掴んで、クレアは目線だけティアナの方へ向けて言った。
「あなたが王からどんな命を受けたとしても、俺はお供します。」
クレアのその言葉にティアナはにっこり笑ってクレアの鮮やかな赤髪の頭をポンっと叩いて、何も言わずに医務室を後にした。
ティアナは、私はなんて優しく、真っ直ぐな友達を持ったのだろうと、とても嬉しくなった。
いつもいつも、私は助けられてばかりだ。
クレアや、クレアと共に私の側に居てくれるカークの役に少しでも立ちたくて、毎日毎日欠かすことなくやっている体術も、まだ二人と対等に戦える所まで行っていないのでは話にならない…。
ティアナは心の中でそんな風に自分を責めるが、実際に、ティアナの素早さと高い計算力を持った体術の攻撃とやり合えるものは、城内で言えばトルワード、クレア、カークぐらいしか、もう残っていないのだった。
だが、ティアナの師匠となった者が、その中でも飛び抜けて強いトルワードであり、そして手加減のできない男であったため、ティアナは自分の強さに全く気づいていないのだ。
その強さが発揮されるのは、もう遠くない未来である。
ティアナは無駄に長い廊下を歩き、やっとの思いで父であるヴァイゼアス王がいる部屋までやってきていた。
大きな扉の横には、三年前と変わらず兵が控えている。
その兵は、ティアナの姿を見ると、どうぞ、と静かな声で言って扉を開けた。
その部屋へティアナが一歩入るとティアナの後ろで扉が閉まった。
「来たな。では始めようか。」
ティアナが入るなり、王が王座に座りながらそう話し出した。
そんな王にティアナがかしこまった姿勢を取ろうとすると、この部屋にいるのが自分と王だけではないということに気づいた。
王の前に、もう一人長い金髪を低い位置で束ねた男がいるのが見えた。
それは他でもない、ティアナの実の兄であるゼニアスであった。
ティアナは、その兄と並ぶのは止して、兄の後で王へ頭を下げた。
きっと兄に並べば、女のくせに無礼だだとか、お前が来るような場所ではないだとか、馬鹿にするようなことを言うに違いない、とティアナは察していた。
だが、王はというとそんなことお構い無しでティアナへと注意する。
「私はお前達二人に話があるのだ。従者のように後ろへ下がるな、ティアナ。」
「…はい。」
落ち着いた声でティアナは返事をし、兄の横へ並んだが、兄は今にも舌打ちしそうな顔でこちらを見てきた。
ティアナの兄、ゼニアスは、言ってしまえば顔しか良い所がないような愚鈍者で、そして傲慢な男であった。
「よし。お前達に、これから重大な任務を与える。」
「…お言葉ですが王よ。どんな任務でも、私ひとりで事足ります。こんな汚らわしい女など引き出さずとも…」
王の言葉へと遠慮なく口を挟む無礼さに頭の悪さ。
ティアナは自分を罵る言葉ではなく、その兄の頭の悪さに少し腹が立った。
だが、それは全く顔には出さず、ティアナはじっと頭を下げていた。
「今、口を開けとは言っていないぞゼニアス。」
直後のその王の言葉で、ゼニアスは少し悔しげに押し黙った。
王はそれを確認してから、ティアナとゼニアスの顔を交互に見て、命令を言い放った。
その命令の内容に、ゼニアスは勿論、ティアナも唖然とすることになる。
「お前達二人は、妖精の力を手に入れるべく旅をして来なさい。」




