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シアと炎竜王  作者: いか
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6/9

襲撃

 シアはこのところ自室には帰らず、隊舎の卵の側に毛布を持ち込み、泊まりこみで魔力を注いでいた。

 夜になると、隊舎の窓の外は静まり返り、遠くの見張り台の灯りだけがぽつぽつと浮かんで見えた。


 リーナやギータ、他の仲間たちも、ときおり夜食を差し入れてくれるようになった。


 皆の応援を背に受け、シアはますます卵を孵すことだけに意識を向ける。


 日を追うごとに上級魔法を習得し、ただ魔力を注ぐだけでなく、野生の母竜が孵化(ふか)の時に使う特殊魔法までかけられるようになっていた。


 卵から返る鼓動は、日に日に強さを増していく。シアは確かな手応えを感じていた。


 窓の外はすっかり夜の闇に沈み、隊舎の中には卵を包む魔法の淡い光だけが揺れていた。


「もうすぐ……もうすぐね」


 卵を包むように、孵化の魔法をかける。暖かい毛布でくるむようなイメージで、何重にも魔法を重ねていった。

 集中するほどに、術はやわらかく、けれど厚みを増して卵を包み込んでいく。


「あっ」


 コツ、と殻の中から何かを叩く音がした。


「うそ……やった……!! やった!!」


 思わず卵を抱きしめた、その時――

 激しい風が、隊舎の窓をがたがたと震わせた。


「えっ!?」


 シアがはっとして振り返ると、隊舎のすぐそばを三人の竜騎士が飛んでいた。


「なに……? なにかあったの!?」


 ギーゴー、ギーゴーという竜の発する警戒音が、静まり返った隊舎に、何度もくり返し鳴り響いた。

 それは、街の竜騎士たちが危険を知らせる合図だった。


 逃げなければ。

 でも、卵を置いて行くことはできない。


「もうすぐなのに!!」


 シアが窓の外を睨(にら)みつけた、その時。

 巨大な影が視界をよぎった。


「え……」


 次の瞬間、轟音(ごうおん)と共に窓ガラスがいっせいにガタガタと鳴り、ついに風圧に耐えきれず砕け散った。


「きゃっ!!」


 シアは卵を守るように抱え込んだまま、風にあおられた。


「シア!!」


 隊舎の廊下側から、リーナとギータの声がした。


「二人とも、なんで避難(ひなん)してないの!?」

「バッカ!! お前もだろうが!!」

「シア、大丈夫!?」


 うずくまるシアのもとへ、二人が駆け寄ってくる。

 飛んできたガラスの破片で、腕や足が切れてひりついた。

 でも、卵だけは守り抜かなければならない。


「あなたたちの竜は!?」

「教官たちが守ってくれてる。早くお前も……」


 ギータがシアを助け起こそうとした、そのとき、三人とも窓の外を見て凍りついた。


 砕けた窓の向こうに、窓枠より大きな目があった。

 ぎょろりと見開かれた目は、水辺に棲(す)む爬虫類(はちゅうるい)のように鋭い。下まぶたから薄い膜(まく)が現れ、何度かまばたきをする。縦長に細められた瞳孔(どうこう)が、シアたち三人を捉えていた。


「……こ……黒竜(こくりゅう)、王(おう)……」


 その目の奥で、黒竜王(こくりゅうおう)の全身がぬるりと動いた。


 二階建ての隊舎に覆(おお)いかぶさるほどの巨体。

 長い首は生き物めいてしなやかなのに、その下の胴は異様(いよう)に太く、岩の塊(かたまり)がうごめいているようだった。

 さらに後方では、胴と同じほど長い尾が這うようにうねり、槍(やり)のように尖(とが)った尾の先が隊舎の壁を抉(えぐ)っている。


 全身を覆う鱗(うろこ)は、月明かりを弾くたび、黒くぬめった光をはね返していた。濡(ぬ)れた肉と黒曜石(こくようせき)が混ざり合ったような、冷たく不吉な艶(つや)。

 巨大な翼の縁からは鋭(するど)い鉤爪(かぎづめ)が突き出し、わずかに開くだけで、瘴気混じりの風が腐(くさ)った息のように吹き込んでくる。


 夜と瘴気が絡み合い、この世に押し出された厄災が、竜の形をしていた。


 あまりの恐ろしさに、リーナは尻もちをついた。

 シアも卵を抱えたまま、その怖ろしい姿から目が離せない。

 ギータは二人を背中にかばうように立ち、黒竜王(こくりゅうおう)を睨みつけた。その身体は、はっきりと震えていた。


 ごぉぉぉぉん、と地鳴りのような低い咆哮(ほうこう)が響(ひび)いた。

 空気そのものが揺れ、地震のように足元がびりびりと震える。


 その瞬間、外から怒声が飛んだ。


「撃て!!」

「隊舎から引き離せ!!」


 黒竜王(こくりゅうおう)の横顔めがけて、三つの魔法陣が夜気(やき)にひらめいた。

 赤、青、白。竜騎士たちの竜が展開した大きな魔法陣から、炎の槍と氷の刃、風の刃がほとばしる。轟音(ごうおん)と共に黒竜王(こくりゅうおう)の頬と首筋へ叩きつけられ、黒い鱗が火花を散らした。


 激しい攻撃に、黒竜王はひるまなかった。

 巨大な首が怒りにうねり、跳(は)ねた尾が建物の外壁を薙(な)ぎ払う。


 ばきばきばきッ、と嫌な音を立てて隊舎の壁が裂け、梁が折れ、天井の一部が崩れ落ちた。


「きゃあっ!!」

「シア!! リーナ!!」


 砕けた木片と石が散り、土煙(つちけむり)が一気に吹き込んでくる。

 シアは卵を抱え込んだまま身を丸めた。視界の端で、リーナが頭をかばい、ギータがとっさに二人を守るように両腕を広げて覆(おお)いかぶさった。


 外から再び叫び声が響いた。


「おい!! 隊舎に逃げ遅れた者がいるぞ!!」

「黒竜王(こくりゅうおう)を隊舎から離せ!!」

「お前たち、なにしてる!! 早く退避(たいひ)しろ!!」


 その怒声に、ギータがはっとしたように顔を上げた。


「行くぞ!!」


 ギータはまずリーナの腕を掴(つか)み、次にシアの肩を強く引いた。

 シアは卵を両腕に抱えたまま、よろめきながら立ち上がる。


「でも、外は――」

「いいから走れ!!」


 ギータに背を押され、二人は砕けた教室を飛び出した。

 廊下には瓦礫(がれき)と割れた窓枠が散らばり、竜たちの警戒音と怒号が絶え間なく響いている。

 風圧で開いた扉が何枚もばたばたと暴れ、まるで建物全体が悲鳴を上げているようだった。


 シアは卵を落とすまいと抱えこむ。

 リーナは涙目でスカートの裾を握り、ギータは二人を先に行かせるように背後を何度も振り返って走った。


 その時だった。


 ごおおおおおッ、と空気を裂くような羽音が頭上をかすめた。


「まずい!!」


─ 続 ─

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