特訓
シアたちが訓練兵となって、三か月が経とうとしていた。
シアの卵は、まだ孵っていない。
仲間たちは、ひとり隊舎で卵と向き合うシアを、気の毒そうに見るようになっていた。
リーナもギータも、卵が孵る前のように無邪気には話しかけられない。
あまりにも必死なシアに、誰も軽々しく声をかけられなくなっていた。
そんなある日、シアは教官に呼び出された。
教官室へ行くと、五人の教官全員がそろっている。シアは緊張して姿勢をぴんと伸ばす。
主任教官が口を開いた。
「シア。言いにくいんだが……他の卵を探しに行ってみてはどうだ? 訓練期間のこともある。今から新しい卵でやり直してもいいと思う。どうだ?」
教官の言葉に、シアは最初、教官がなにを言っているのか分からなかった。しばらくして、その言葉を理解したとき、目の前がぐらりと揺れるような思いがした。
あの卵を諦めて、新しい卵を探しに行くなど、シアには考えられない。
「そんな……嫌です。あの子以外なんて。教官、あの卵は必ず孵ります!! だって、鼓動は聞こえてるし……わたし、絶対に孵してみせますから……!!」
必死に言い募るシアの肩に、魔術科の女性教官が手を置いた。
「いいのね?」
「はい」
「分かりました。今日からシアには、わたしが上級魔法を教えます。魔力量で足りないなら、魔法の精度と格を上げて届かせましょう」
その言葉に、四人の教官も異論なくうなずいた。
「頑張れよ、シア」
「絶対孵してやれ」
「負けるなよ」
「応援してるぞ」
「……はい!!」
それからは、体力訓練の量を少し抑え、そのぶん上級魔法の訓練が始まった。
上級魔法の訓練は、シアが思っていたよりずっと過酷だった。
魔術科の女性教官は、床いっぱいに広げた魔法陣を杖で示した。
「一画でも乱れれば、術は崩れます。力があっても、雑では届きません」
「はいっ」
「あなたの卵は托卵ではない。だから、どんな竜が生まれるのか予測がつかない。全属性に対応できるよう、基礎から上級術式まで幅広く頭に叩き込む必要があります」
「はい……!!」
シアは卵に片手を当てたまま、もう一方の手で床の術式をなぞった。
円を描き、補助線を重ね、決められた順に魔力を流す。けれど少しでも集中が乱れると、赤い光はふっと消えてしまう。
「違う。今のは三層目で流れがぶれたわ」
「は……はい……」
何度やっても上手くいかない。
卵へ注ぐ魔力も切らしたくない。けれど上級魔法も覚えなければならない。
額から汗が落ち、視界が揺れる。
それでもシアは、もう一度魔法陣を書き直した。
様子を見に来ていたリーナが息を呑む。
「シア、まだやるの?」
「やるよ。だって、届くまでやるしかないもん」
床の上で崩れかけた魔法陣を見つめながら、女性教官が小さく息をついた。
「……その意地は嫌いじゃありません。はい、もう一回」
「はいっ!!」
卵に魔力を注ぎながら、さらに自分の魔力を削る訓練に、シアは毎日くたくたになるまで食らいついた。
上級魔法はどれも複雑な魔法陣を組まなければならず、夜中まで本を読み、何度も頭の中でイメージを反復した。
「シア……大丈夫?」
「顔色悪いぞ。魔力が底をついてるんじゃないのか?」
飛行訓練から戻ってきたリーナとギータが、心配そうに声をかけてきた。
「ちょっとふらつくだけだよ。これで魔力が回復したら、もっとたくさん卵に魔力を注いであげられるから」
「無理しないで」
「今無理しないで、いつするっていうの? 大丈夫。あの子は必ず孵すから!!」
笑って返事をするシアに、ギータが「これ、やるよ」と小箱を差し出した。中には小瓶が入っている。
「これ、なに?」
「魔力回復の薬だ。飲んどけ」
「えっ? そんな高いの、もらえないよ」
「バッカ。みんな応援してるんだよ。ありがたく受け取っとけ」
教室を見回すと、他の仲間たちがシアに笑顔を向けていた。親指を立ててみせる者もいる。
シアは励まされるように大きくうなずき、瓶の中の薬を飲み干した。
身体の奥に魔力が戻ってくるのを感じる。
「もういっちょ、頑張ってくる!!」
シアは勢いよく立ち上がると、卵のある部屋へ駆け出していった。
「シアの卵、早く孵るといいね」
「大丈夫だ。ぜってぇ孵る」
─ 続 ─




