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シアと炎竜王  作者: いか
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仲間の竜誕生

 訓練を始めてひと月が経とうとするころ、とうとう最初の竜が誕生した。


 その日の朝、リーナが卵に魔力を注いでいた時だった。殻の中から、ミュウミュウ、と小さな声がした。


「えっ、もしかして」


 皆が息をのんで見守る中、卵の殻がひび割れ、薄い青色をした両手サイズの小さな竜が顔を出した。


「きょ、教官!! わたしの卵が……!!」

「おっ、リーナが一番乗りか。水系の竜だったな。おめでとう」

「リーナ、おめでとう!」


 シアとリーナが両手を取り合って喜んでいると、ギータが声を上げた。


「お、俺の卵も、中から音がしてる」


 コツコツ、という小さな音に、ギータはめずらしくうろたえた。


「よし。竜の卵は、魔力を浴びればだいたいひと月で孵《かえ》る。孵った竜はあっという間に大きくなるからな。生まれたら表の竜舎(りゅうしゃ)に移すぞ」


 教官の言葉に、全員が「はいっ」と声をそろえた。


 それから一週間のうちに、シア以外の全員の竜が孵った。

 卵の残る台座は、もうシアの前にあるひとつだけだった。


 朝、隊舎にひびくのは卵に魔力を注ぐ静かな時間ではなくなった。


 竜舎から聞こえる鳴き声、餌(えさ)を運ぶ足音、水桶(みずおけ)の音。仲間たちは孵ったばかりの竜の世話に追われ、その背を撫で、名を呼び、笑っていた。


 竜舎には、乾いた藁(わら)の匂いと、幼竜たちの高い鳴き声が満ちていた。


 リーナの水竜は細い首をくねらせながら、水桶の水をぱしゃぱしゃと蹴(け)り上げている。ギータの竜は餌桶(えさおけ)に顔を突っ込んだまま、誰が近づいても動じない。


「今日ね、あの子少しだけ浮いたのよ」

「俺のやつなんて、食い意地ばっかはってて、ぜんぜん餌桶から顔上げないんだぜ」


 竜舎でギータとリーナが笑って話しているのを、シアは少し離れた所で笑って聞いていた。

 けれど胸の奥では、別の感情がじくじくと疼いていた。


 うらやましい。


 自分だけ、まだ卵の前に立っている。

 まだ、名前すら呼べない。


 シアはそっと竜舎をあとにして、隊舎の台座へ戻った。

 薄暗い部屋の中、赤と白のマーブル模様の卵だけが静かにシアを待っていた。


「……わたしも、早くあなたを抱きたいよ」


 そう言って触れた殻の奥で、どくん、と鼓動が返った。


 卵に両手を当て、いつも通り魔力を流し込む。

 どくん、どくん、と返ってくる小さな鼓動だけが、今のシアの支えだった。




━━━━━ * * * * * ━━━━━




 ひと月もすると、訓練兵の幼竜(ようりゅう)たちは驚くほど大きく育った。

 両手に乗るほどだった体は、人を乗せられるほどになり、仲間たちは次々と次の段階の訓練へと進んでいく。


 初めての飛行訓練の日、シアは隊舎の外れに立って皆を見ていた。


 竜たちはもう、人を乗せて空へ上がるほどに育っているものもいた。

 竜専用の鞍(くら)を取り付け、はしごを登って座る。鞍をつけられるのを嫌がり、頭を振って困らせる竜もいて、竜舎の前には賑やかな声があふれていた。


 最初に浮いたのはリーナの水竜だった。細い翼をふるわせ、ぎこちなく地面から浮きあがる。


「きゃあ!! 浮いた!!」


 リーナが悲鳴のような歓声(かんせい)をあげると、驚いた竜が姿勢をくずした。教官が「目線を落とすな!」と怒鳴った。


「うわ、わっ!!」


 次いでギータの竜が、力任せに土を蹴(け)り上げて飛び出した。飛びかたは乱暴だったが、高さだけなら誰よりも出ている。着地で転がり、ギータごと砂煙に埋まった。ギータはすぐに立ち上がり「もう一回!!」と叫んでいた。


 仲間たちの歓声と、竜の翼が風を切る音が青空に混じる。


 シアは竜舎のかげから、それを見ていた。

 両手をぎゅっと握る。


 胸の奥が痛い。

 あそこに自分も立ちたい。


 けれどシアにあるのは、まだ孵らない卵だけだった。隊舎に戻り、台座の上の卵にそっと触れる。


「……わたしも早く、一緒に飛びたいよ」


 殻の奥で、どくん、と鼓動が返った。


 窓の外では、青空を背景に竜たちが翼を広げていた。

 ぎこちなく浮かび上がる者、教官に怒鳴られながら旋回する者、悲鳴を上げながらもしがみつく者。


 リーナの水竜も、ギータの竜も、もうあんなに遠くへ行っている。


 シアは窓辺に立ち、しばらくその姿を見上げていた。


 自分だけ、まだここにいる。


 取り残された寂しさに、目を伏せて台座へ戻る。

 そっと卵に触れ、額を寄せた。


「……わたし、待ってるから」


 殻の奥で、小さく鼓動が返った。




━━━━━ * * * * * ━━━━━





「シア、また卵のところに行くの?」


 夜中、ベッドから起き上がったシアに、リーナが声をかけた。


「うん」

「でも、毎日だとシアも体壊しちゃうよ」

「平気。それよりわたし、考えたの。もしかして注いでる魔力量が足りないんじゃないかって。だから、できるだけ側にいて魔力を注いであげたいんだ」


 シアの目の下にあるクマを見て、リーナは心配そうにうつむいた。


「ほら、わたしの卵、皆のよりずっと大きかったじゃない? だから皆と同じだけの魔力量じゃ足りなかったんだよ」

「……そう、かもね」

「うん。だから行ってくるね」


 シアはできるだけ明るく笑って手を振った。

 ドアを閉めた暗い廊下で、小さくため息をつく。それから、頭を振った。


「落ち込んでちゃだめ。わたしがあの子を信じてあげなくて、どうするの」


 自分を鼓舞するように、両手でぱんと頬を叩き、きっと顔を上げる。

 そのまま卵のある隊舎へ向かう背を、ドアの影からギータが見ていた。




 シアは今まで以上に訓練を頑張るようになった。

 体力も、知識も、魔力も、誰より身につけたい。あの卵の竜が生まれた時、少しでも強い主でいたかった。


 竜が魔法を使う時に必要なのは、主となる人間の魔力だ。自分の魔力量が多いほど、竜の力も強くなる。


 だからシアは、限界まで魔力を使い、回復し、また使うことを繰り返して魔力量の底上げをした。


 もっと。

 もっと。

 もっと。


 朝も夜も、卵に手を当てて魔力を流し込む。

 眠る時間を削ってでも、そうせずにはいられなかった。


━ 続 ━

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