訓練
入隊式を終えた翌日から、訓練兵たちの生活が始まった。
朝は、空が白む前に起きる。
一日の始まりは、竜の卵へ魔力を注ぎ込むことだ。台座に置かれた卵にそっと触れ、手のひらから直接魔力を流し込む。
シアはこの時間が大好きだった。時折、どくん、と小さな鼓動が返ってくる。それが、卵が喜んでくれているみたいで嬉しかった。
次は体力訓練だ。
竜に乗って飛び、魔法を使って戦う竜騎士には、姿勢の維持、風圧に耐える体力、薄い空気に耐える力が必要になる。だから訓練兵のうちから、身体を徹底的に鍛え込まれるのだ。
訓練兵たちは、隊舎の裏手に広がる訓練場を何周も走り、腕立て伏せ、縄登り、重り運びと休むひまもない。
息が上がり、足がもつれても、教官は容赦なく号令を飛ばした。
その中で、ギータは頭ひとつ抜けていた。
「はぁ? もう終わりかよ」
重い砂袋を両肩に担いだまま、平然と立っている。汗は流れているが、息は乱れていない。シアがやっと砂袋をひとつ運び終えた頃には、ギータはもう次の砂袋へ手を伸ばしていた。
「ギータくん、体力おばけ……」
横でへろへろになっていたリーナが、肩で息をしながらつぶやく。
「お前が貧弱すぎるだけだ」
「そんな言い方ないでしょ……」
リーナは頬をふくらませたが、その足はふらついていた。
細い腕も足も、どう見ても走ったり重いものを持ったりするのに向いていない。けれど、泣き言を言わずに最後まで列を外れないあたり、負けず嫌いなのだろうとシアは思った。
体力訓練が終わると、今度は魔力訓練だった。
竜騎士は自分の魔力を使い、竜を媒介に魔法陣を展開して戦う。魔力量が足りなければ強い術は使えず、魔法陣の形を正確に思い描けなければ、狙った通りの魔法にはならない。
基礎訓練として行うのは、訓練場の一角に並べられた石柱へ一定量の魔力を流し込み、それを保ち続けることだった。求められるのは強さだけではない。ぶれずに安定させることもまた重要だった。
「始め」
魔術科の女性教官の合図で、一斉に石柱が淡く光り出す。
シアの前の石柱は、白く、細く、けれど安定した光を浮かべた。強くはない。けれど弱すぎるほどでもない。自分らしいな、とシアは少しだけ思う。
となりでは、リーナの石柱がひときわ澄んだ青白い光を灯していた。ゆらぎもなく、最初から最後まで美しい。教官が小さくうなずくのが見えた。
「リーナ、すごい」
「えへへ。こっちはちょっと得意なの」
照れたように笑うリーナの向こうで、ギータの石柱がばちっと音を立てた。光が強く弾けたかと思うと、次の瞬間にはふっと弱まる。
「うわっ、また!?」
「ギータ、力を押し込むな。流れを整えなさい」
「整えるってのがよく分かんねぇんだよ……」
女性教官に叱られ、ギータは不機嫌そうに顔をしかめる。
体力訓練では無双していた彼が、魔力訓練では途端にぎこちなくなるのが、シアには少し意外だった。
午後は座学だった。
竜の生態、魔法陣の基礎、瘴気への対処法、竜騎士の歴史。教官が黒板に次々と書き出す言葉を、訓練兵たちはノートに書きつけていく。
リーナは座学でも優秀だった。教官の話を聞きながら、ほとんど迷いなく手を動かしている。質問をされてもすぐ答え、しかも答え方がきれいだ。
ギータは真面目に前を向いていた。居眠りもしないし、板書もきちんと写している。だが、ときどき眉間に深いしわが寄る。難しい話はあまり得意ではないらしい。
「ギータくん、字きたなすぎ」
「うるっせ」
ぶすっとむくれたギータを見て、シアとリーナは顔を見合わせて、くすくす笑った。
一方シアは、どの訓練もだいたい中くらいの成績だった。飛び抜けて優秀なものはない。唯一よく褒められるのは、朝の卵への魔力注入だった。自分の胴ほどもある大きな卵に、むらなく安定して魔力を通せるのは、他の訓練兵たちより上手いらしい。
宿舎に戻ると、シアは復習のため机に向かった。同じ部屋のリーナが、横からシアのノートをのぞきこむ。
「そこ、写し忘れてるよ」
「え? ほんと?」
「うん。竜の瘴気の対処のところ」
「聞くのに夢中になってたから」
「わたしのノート写す?」
「ありがと」
シアは、母親に手を引かれて、瘴気に覆われた街を逃げ出した幼い日を思い出した。
「リーナ、わたしね、小さい頃に黒竜王の瘴気で故郷をだめにされたんだ」
「そうだったんだ……」
大好きだった父は、黒竜王を鎮めるために出撃したきり戻らない。街の友達とも散り散りになったあの日を、シアは忘れることはできなかった。
「竜には、人を主として生きるものがいるわ。黒竜王も、かつてはそうだった。けれど、ある時その主を亡くしたの。本来なら、次の主を探すか、野生へ帰るはずだった。でも黒竜王は、主の死を受け入れられず、今もさまよっているの」
リーナの言葉に、シアは机に置いた両手をぎゅっと握りしめた。
「うん。教官は悲しい竜だって言ってた。でも、わたしは許せない。故郷を追われて、竜騎士だった父さんも失ったわ」
「……そう」
「だから、わたし、父さんの代わりに竜騎士になって、黒竜王を鎮めに行くの」
シアのまっすぐな瞳を見つめ、リーナはやわらかく微笑んでその手を包みこんだ。
「シアは努力家だもん。きっとなれるよ」
その夜、二人は夜遅くまで語り合った。
─ 続 ─




