↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
98/157

第97話 【同じ街、届かない距離】

2013年、冬。日本中の視線が、帝都ホールの舞台中央に立つ一人の女性に注がれていた。


初めて担当する年末超大型歌謡番組『全日本歌の祭典』の紅組司会。


真っ赤なドレスを纏い、眩いスポットライトを浴びて立つ彼女。


同じ時刻。アパート。

凪は、テレビの画面越しに、かつてない緊張の面持ちで彼女を見守っていた。


画面の中の英理は、時折言葉を詰まらせ、不器用なほど素直に涙を流していた。


世間はそれを「天然」や「ハプニング」と微笑ましく呼んでいたが、凪だけは知っていた。


彼女が流す涙は、かつて東京の片隅で共に流した、あの悔し涙と同じ「本気の証」であることを。


番組のフィナーレ。銀テープが舞い、一億人が彼女の笑顔に釘付けになる中、英理はカメラのレンズの奥、凪を見つめるように一礼をする。


(…凪くん、見とった? うち、最後まで走り抜けたよ)


その夜、深夜二時。

仕事を終え、静まり返ったマンションで英理がスマホを開くと、凪からのLINEが届いていた。


『お疲れ様。今、テレビ消したところ。

今年も、世界一綺麗だったよ。俺の誇りです』


通知画面に浮かぶその文字を見た瞬間、英理の目から、ようやく大役を終えた安堵の涙が溢れ出した。



ある日の午後十五時。

凪は都心の片隅にある、小さな喫茶店の奥の席に座っていた。


以前、二人で束の間の安らぎを得た、あの琥珀色の空気が流れる店。


(十五時半。もう、無理か)


凪は、窓から差し込む西日を避けながら、一口も飲んでいない冷めかけたコーヒーを見つめている。


今日は撮影の空き時間に、ほんの一時間だけ会う約束をしていたが。

けれど、約束の時間を三十分過ぎても、カランカランという入店の音は鳴らなかった。


スマホにLINEの通知が入る。


『凪くん、本当にごめん。…急にシーンの撮り直しが入って、どうしても抜けられんくなった。

これで、五回目だね。バリ、ごめん…』


凪は一呼吸置き、スマホの画面に

「分かった。無理すんな。仕事優先や」

とだけ打ち込む。


これで五回連続のキャンセル。

国民的スターとしての責任が大きくなるにつれ、英理の時間は、彼女自身の意志ではどうにもならないほど、巨大な組織の歯車に支配されて行った。


東京という同じ街に住んでいながら、二人の心は、どこか遠く感じられた。


凪は一人きりの喫茶店を出て、強い日差しが照りつけるアスファルトを歩き出した。


街角の大型ビジョンには、主演映画『君の手に』の彼女が映し出されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。