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第94話 【コンパ(概念)を理解していない男】

凪が加藤の肩を掴むようにして個室の引き戸をガラリと開けると、部屋の中の空気は、さっきまでのどんちゃん騒ぎが嘘のように冷え切っていた。


テーブルの上はある程度片付けられ、女子大生たちは全員がすでにバッグを肩にかけ、上着を羽織って完璧に「帰る準備」を整えていた。


サークルの他の男子メンバーたちは、気まずそうに下を向いて縮こまっている。


「あ、みんな、ちょうどええところに」


凪が「俺とナオちゃんは抜ける」と説明しようとした瞬間、女の子たちの冷徹な視線が一斉に、凪の後ろにいる加藤へと突き刺さる。


「あ、帰ってきた。マジで最低なんだけど」


「ちょっと加藤、何考えてるわけ? うちらとのコンパの途中で、外にいる関係ない女の人をナンパしに行くとか、あまりにも失礼すぎるでしょ!」


「そうだよ! 最低限のマナーも守れないの? ルール違反だし、うちらのこと完全に馬鹿にしてるよね。!」


「え、あ、いや…あれは…」


さっき凪に完全に心を折られたばかりの加藤は、女の子たちの容赦ない正論の嵐に、もはや言い返す気力すら残っていない。


「ナオちゃんに思い通りにいかなかったからって、すぐ外の女に乗り換えるとか、本当に格好悪いわ」


「もう加藤の顔も見たくない。今日の飲み代、あんたが多めに払いなよ。…行こう、みんな!」


「うん、時間の無駄だったわ」


女の子たちは、加藤の横をすり抜け、激しい足音を立てながら一斉に個室から出て行ってしまった。


ガタガタと震えながら、その場にへたり込む加藤。


サークルの仲間たちも、「おい加藤、お前マジで何やってんだよ…」部屋には完全な通夜のような空気が漂う…。


凪は頭を掻きながら。

(お、おう。俺が説明するまでも一瞬で解散になったな。まあ、手間が省けてよかったわ)


「よし、これでナオ連れて、英理と一緒に帰れるな。お腹も空いたし、どこかで口直しに美味いもんでも食べよか」


個室の修羅場をスマートに(?)解決…


足早に、3人での食事を楽しみに、恋人とナオが待つカウンター席へと向かった。



3人が店員に案内されたのは、柔らかな間接照明が照らす落ち着いた完全個室。


「失礼いたします。ご注文はお決まりの頃にお伺いしますね」


店員が一礼して扉を閉めた瞬間。


「…ふぅ、やっと息が吸えるわ」


「あ、英理! ナオ! 何飲む!? 喉渇いたやろ!」



ドリンクが届き、3人で小さくグラスを合わせた後、ナオがホッとした表情で二人に頭を下げる。


「英理、そして凪くん。今日は本当にありがとう。うちのためにあんなに怒ってくれて…。

女の子たちもあんなに激怒して帰っていったし、さすがの加藤も、もう二度と近づいてこんと思うわ」


「本当にそうよ。あんな最低な男、もうナオの前に現れんでほしいわ。」


英理はストローをくわえながら、思い出すだけでも腹が立つといった様子で眉をひそめる。


「もう、思い出しただけで許せんわ!」


すると、英理はふっと表情を和らげ、少し上気した顔で凪をじっと見つめた。


「でもね、凪くん。…あの男が私の背中に手を回してこようとした時。凪くんが後ろからガシッて手を掴んで追っ払ってくれたの、本当に…本当に格好よかった」


英理の瞳が、トパーズのように潤んで凪を捉える。


完全に「ヒーローに助けられたヒロイン」の、うっとりとした恋する乙女の表情。


「ほんまそれ!」


ナオも身を乗り出して、凪の肩をバンバンと叩いてきた。


「凪くん、普段はめちゃくちゃ鈍感で頼りないのにさ、英理がピンチになった時だけはマジで男前になるよね! さっきの『気安く触るな』って言った時の声、うち後ろで聞いてて鳥肌立ったわ!」


「え…っあ、いや…」


二人の美女、しかも大好きな恋人からそんな風に「うっとり」とした目で見つめられ、ナオからも絶賛された凪。


「そ、そんなん…普通やろ。」


「凪くん、顔赤すぎ。ゆでダコみたいになっとるよ?」…


「ところでナオ。さっきの…その、『コンパ』の時の凪くんって、どんな感じだったん? ちゃんと大人しくしとった?」


「ぶふっ…!」


その質問を聞いた瞬間、凪は慌ててウーロン茶を飲み干すと、不思議そうな顔をした。


「…ん? コンパ? 英理、さっきから何の話をしとるんや。コンパって何のことや?」


「え?」


「えっ?」


英理とナオの二人が、同時に動きを止めた。


凪の目は、これっぽっちの嘘偽りもない、純粋な「疑問」に満ちている。


「英理、何か大きな勘違いをしとるみたいやけど、あれはコンパなんかやないで? 俺はただ、ナオの大学の友達が集まっとる席に混ぜてもらって、長崎の話とか、ナオの相談に乗っとっただけや」


「…は?」


英理はあんぐりと口を開ける。


「いや、だってさ! そもそも俺が今日ここに来たのは、英理と和也が『ナオの話を聞いてやってくれ、力になってやってくれ』って頼んできたからやろ?


凪にとっては、これが100%の真実。


あまりのブレなさに、英理とナオは思わず顔を見合わせ。


「…ナオ。この人、マジで1ミリも分かってなかったんね」


「え、何? 俺なんかおかしいこと言った…?」

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