第88話 【送り込まれた身代わり】
コンパ当日の夕方。
英理が仕事の合間に携帯をチェックすると、兄の和也から画面を埋め尽くすような、焦り散らしたメールが届いていた。
【件名:大不祥事!!!】
「英理、マジで大ピンチや。
…今日、瑞穂の誕生日やったわ。俺、完全に忘れとった。
ナオにはバリ申し訳ないけど、今日瑞穂に会わんかったら、それこそ一生の終わりや。コンパ行くの、絶対に無理になった。すまん!!」
画面を見た英理は、「ええーーっ!?」と思わず声を上げそうになる。
よりによって今日が瑞穂ちゃんの誕生日で、しかもお兄ちゃんがそれを忘れていたなんて。
これでは今夜のナオの救出作戦が完全に崩壊する。
英理の葛藤が始まった。
(どうしよう…! ナオが一人で可哀想なことになるじゃん…!)
英理は控室のソファで頭を抱える。
誰か、和也の代わりに新メンバーとしてコンパに潜入し、ナオと親密なフリをして加藤を追い払える、信頼できる男…。
そのとき、英理の脳裏に一人の男の顔、凪が浮かぶ。
(…凪くんにお願いする…?)
一瞬、英理の胸にキュッと複雑な痛みが走る。
本心を言えば、大好きな彼氏を、他の大学の女の子たちがたくさん集まるコンパの席になんて、絶対に、1ミリも行かせたくない。
たとえナオを助けるための「サクラ」だと分かっていても、嫉妬と不安で胸が張り裂けそうになる。
けれど、親友の大ピンチ。英理はぎゅっと唇を噛み締め、和也にすぐさまメールを返した。
【件名:Re: 大不祥事!!!】
「お兄ちゃんのバカ! 瑞穂ちゃんの誕生日は絶対外したらいかん!
でもナオはどうするん!
こうなったら、本心は絶対に嫌だけど、凪くんに代わりに行ってもらうしかないかも…」
【件名:Re: Re: 大不祥事!!!】
「わかった。凪には俺から言ってみる。
ただ、あいつ『コンパ恐怖症』や、絶対に断るぞ。
あいつはお前のことが一途に大好きやけん、『他の女がおる席なんて、英理に申し訳なくて絶対に行かん!』って意地でも首を縦に振らんはずや」
【件名:Re: Re: Re: 大不事!!!】
「やけん、凪には『コンパ』とは言わん。
『今日、ナオがちょっと困っとるけん、二人でただ食事して話聞いてやってくれんか?』っていう名目で俺から誘ってみるわ。それならあいつの性格上、ナオのためなら行くって言うかもしれん」
【件名:Re: Re: Re: Re: 大不祥事!!!】
「うーん、お兄ちゃん、それだけじゃちょっと弱いかも。
凪くんがどういう返事するか分からんし、急に『ナオと二人で食事に行って』って言われたら、いくらお兄ちゃんの頼みでも凪くん『え、なんで?』って怪しむと思うんよ」
【件名:Re: Re: Re: Re: Re: 大不祥事!!!】
「やけん、お兄ちゃんから連絡してもらった後、私からも凪くにメールする!
『今日は先にナオと食事に行ってあげて。私も仕事が終わり次第、遅れて行くから!』って。
私も後から合流するって言えば、凪くんも絶対に安心して納得するだろうから!」
【件名:Re: Re: Re: Re: Re: Re: 大不祥事!!!】
「なるほど、さすが英理、策士やわ。
よし、じゃあ今から俺から凪に連絡入れる。そのあと、すぐにお前からメール追撃してくれよな。瑞穂のとこ行ってくるわ、頼んだぞ!」
こうして、凪をコンパ(と偽った食事会)へ送り出すための、兄妹による必死の裏工作がスタートした。
♢
その頃、非番で自宅にいた凪の携帯が、立て続けに着信音が響いた。
画面を見ると和也と、英理からのメッセージ。
まず和也から送られてきたのは、「瑞穂の誕生日を忘れてて大ピンチだから、代わりに今夜、新宿でナオの相談相手になってやってくれ」という必死の懇願。
そして間髪入れずに、英理からもメール。
【件名:お疲れ様!】
「 ナオが今ちょっと悩んどるみたいやけん、今日は先にナオと食事に行って話を聞いてあげて。私は仕事が少し押しとるけん、終わり次第、遅れて合流するね!」
メッセージを読んだ凪は、ふむ。
(ん…和也のやつがナオの相談?それにしても瑞穂ちゃんの誕生日忘れるとか相変わらず不器用なやっちゃ。
まぁ、俺の仲間のナオの相談か。
英理も仕事が終わり次第、遅れて来るんやな。よし、それなら英理が来るまで、俺がナオの話をしっかり聞いてやればええんやな!)
【件名:Re: Re: お疲れ様!】
「あ、そうそう!
ナオが話しやすいように、今日はナオとかなり仲良く長崎弁で喋ってあげてね。凪くんは少し関西弁混じりだけどそこは雰囲気でよろしく!」
(長崎弁?)
すぐさま英理から3通目のメールが届く、今度はさらに妙な内容。
【件名:Re: Re: Re: お疲れ様!】
「あとね、今日はお兄ちゃんの代わりで行ってもらうけん…今日一日だけ、凪くんは『東都農業大学』の大学生ってことにしといて!
だから、普段の『消防士』じゃなくて、今日は現役の東都農業の学生ね! よろしく!」
(…は!? 大学生!?)
凪は思わずベッドの上で声を上げた。
(なんで消防士じゃダメなんや…? まぁ、現役の学生同士の方が、ナオちゃんもサークルの悩みとか大学の愚痴を話しやすいんかな…? 和也の代わりって言うとるし、話を合わせるくらいはお安い御用やけど)
凪が不思議に思っていると、最後に、英理からひときわ強い「念押し」のメッセージが届く。
【件名:Re: Re: Re: Re: お疲れ様!】
「あ、それと!今日の服装は、ジーパンに普通のTシャツとかで十分やけん。
絶対にオシャレしんでいいからね!
「オシャレ禁止令」(←ここ重要!)」
そんなメッセージに、凪は「はいはい、了解や」と苦笑しながら返信を打つ。
【件名:Re: Re: Re: Re: Re: お疲れ様!】
「了解! ナオちを元気づければええんやな。
今日だけ東都農大の学生になって、変な長崎弁で喋るわ。
服装も了解、英理、仕事終わったら早く来いよ。新宿で待ってるわ!」




