第87話 【親友のSOS】
あのハラハラドキドキのショッピングデートから数ヶ月。
時は流れて2011年の冬。
街を行き交う人々の服装も分厚いコートやマフラー、ニットが目立つ季節。
ある日の午後、英理は帽子を深く被り、お気に入りの落ち着いたレトロな喫茶店の奥の席に座っていた。
「あーー、もう本当に無理! 英理、助けてぇ〜!」
店内に滑り込んできた親友のナオは、席に座るなり机に突っ伏して、大きなため息をつく。
「ふふ、ナオ、いらっしゃい。どしたん、そんな頭抱えて、恋愛の悩み?」
ナオはガバッと顔を上げ、深刻な表情で話し始めた。
「そうなの! コンパ絡みなのよ! この前ね、うちの大学とは違う他大の男たちと合同コンパがあったんだけど…そこで、全然タイプじゃない男にめちゃくちゃ気に入られちゃってさ…」
ナオを猛烈にロックオンした男の名前は、「加藤 (かとう )」。
「本当に1ミリもタイプじゃなくさ。
メールも毎日『今何してる?』とかしつこく来るわけ。
だから私、これ以上踏み込まれないための撃退法として、思わず言っちゃったのよ……」
「なんて言ったん?」
「私、地元(長崎)にずっと付き合ってる彼氏がいるから』って…」
英理は「あちゃあ…」という顔をして、紅茶のカップを置いた。
「嘘ついちゃったんやね。でも、そう言ったら普通は諦めてくれるんじゃないん?」
「そうなの! 普通はそこで引くじゃん!? なのに加藤のやつ、
『なんだ、彼氏いるのにコンパ来てたんだ? じゃあ遊べるじゃん』
みたいに私のこと完全に軽く見てきた上に、
『遠距離恋愛なんて長続きしないし、俺ならいつでもお前の近くにいて寂しい思いさせないから』って、なぜかさらに燃え上がっちゃって! 毎日せがまれてる状態なのよ。
もうストーカー一歩手前でマジで無理!」
頭を抱えるナオに、英理は「うわぁ…それはバリタチ悪いね」と苦笑いするしかなかった。しかし、ナオの悩みはそれだけでは終わらなかった。
「でね、ここからが本題なんだけど…。その時のコンパで、他のメンバー同士はすごく意気投合しちゃったらしくて。今度、『新メンバーも何人か加えて、第2回コンパをやろう!』ってメールで大盛り上がりしちゃってさ」
「あ…。ってことは、当然その加藤くんも……」
「そう! もちろん加藤も来るの! 私が『彼氏に悪いから行けない』って断ろうとしたら、周りの友達からも『みんなで集まる飲み会なんだからノリ悪いよー! 彼氏くんもそれくらい許してくれるって!』って押し切られちゃって、断れなくなっちゃったんだよぉ……」
ナオは泣きそうな顔で、英理の手をギュッと握りしめた。
「次の飲み会、新しいメンバーもいるから余計に変な空気にしたくないし、でも加藤には『彼氏がいる』って言ってある手前、また『遠距離なんて冷めるだろ』とか絡まれそうで……。英理、私どうしたらいいと思う!?」
お気に入りの喫茶店の片隅で、ナオからの切実すぎる相談を受けた英理。
親友のこの大ピンチを放っておけない。
ハットの奥の瞳を真剣に輝かせながら、英理はナオのために一生懸命解決策を考え始め。
「……あ、そうや!」
「ナオ、それならバリいい苦肉の策があるよ。お兄ちゃんに、その加藤って人を追い払ってもらおうや」
「え…? 和也くんに?」
「そう、和也! ほら、次の飲み会って『新しいメンバーも何人か加わる』って言いよったじゃん?
和也も今ちょうど大学生だし、年齢的にもメンバーの中に混ざって全く違和感ないけん、丁度いいんよね。和也ならコンパの席にいても自然だし!」
英理は身を乗り出して、声を潜めながら作戦の詳細を語り始めた。
「お兄ちゃんに新メンバーとしてその飲み会に参加してもらってさ、席でナオとお兄ちゃんがめちゃくちゃ意気投合するフリをするんよ。
二人でこれでもかってくらい、地元のディープな長崎弁で話して盛り上がれば、周りも『あ、やっぱり地元の繋がりには勝てんわ』、
加藤くんも『あそこに割って入るのは無理や…』って諦めるんじゃない?」
「う、うーん…」
ナオは少し考えて、まだ少し不安そうな顔で眉をひそめました。
「確かに和也くん、大学生だし男前だからメンバーとしては文句なしだけど……。
でも、私なんかのためにそんなコンパのサクラみたいなことして、本当に大丈夫かな? 怒られたりしない?」
「大丈夫、大丈夫! お兄ちゃん、ナオが困っとるって知ったら絶対に放っておかんけん。
それに、変にややこしい嘘を重ねるより、地元の男友達が急に東京の飲み会に現れて意気投合しちゃったって形にするのが、一番自然で角が立たんと思うんよね」
英理は「よし、うちからお兄ちゃんに上手いこと話してみるけん、ナオは心配せんで任せとき!」
♢
喫茶店でナオと別れた後、英理は自宅へと帰宅。
リビングのドアを開けると、大学の課題なのか、ノートパソコンに向かって真剣な顔でキーボードを叩いている兄・和也の姿。
「あ、お兄ちゃん、ちょっと今、時間ええ?」
英理がバッグを置いて和也の隣のソファに座り込む、
「んー? なんや、今ちょっと忙しいんやけど」
「いや、実はね、バリ重大な相談があるんよ。…ナオのことなんだけどね」
「ナオ? あいつがどうしたんや」
英理は、「加藤」という男に執拗に迫られていること、新しいメンバーを交えた第2回の飲み会に強制参加、一気に説明した。
「…というわけなんよ。やけん、お兄ちゃん。ナオを助けるために、その次の飲み会に新メンバーとして参加して」
英理の突拍子もない提案を聞き終えた和也は、あからさまに嫌そうな顔をして、深くため息をつく。
「はぁ!? なんで俺が他大のコンパなんかに乱入せにゃいかんのや。
そんなサクラみたいな真似、絶対に嫌やけんね。だいたい俺とナオは大学も違うし、そんなとこに行っても浮くだけやろ」
「そこをなんとかお願い! 他の大学の人が混ざる飲み会やけん、お兄ちゃんが別の大学の友達として来ても全然不自然じゃないんよ。このままだとナオ、その男の人にしつこくされて本当に困っとるんよ。英理の親友のピンチなんよ?」
英理が手を合わせて必死にお願いすると、和也は腕を組んでうなり、しばらく天井を見上げた。
「…チッ、しゃあないな。ナオがそこまで困っとるんなら、一肌脱いでやるわ。その加藤って奴の前で、地元の絆を見せつけて諦めさせりゃあええんやろ?」
「ほんまに!? ありがと、お兄ちゃん! さすが頼りになるわぁ!」
和也はハッと何かに気づいたように、急に青ざめた表情で行く手を遮りました。
「…待て、英理。これ、バリ重要なこと忘れとるわ」
「え? 何が?」
「瑞穂のことよ……。俺がナオを助けるためとはいえ、コンパっていうか、別の大学の男女が集まる飲み会に行くって、もし瑞穂にバレたらマジでどうなるか分からんぞ。あいつ、結構焼きもち焼きやし、コンパなんて言葉聞いたら一発で修羅場やけんな…」
「あ…。瑞穂ちゃんのこと、忘れとった」
「瑞穂ちゃんに嘘つくのは心苦しいけど……でも、ナオを助けるためだし! 瑞穂ちゃんにバレんように、うちも全力でカモフラージュに協力するけんね!」
「おう…。絶対に瑞穂には秘密やぞ。もしバレて修羅場になったら、お前ら二人で責任取れよな」
瑞穂への後ろめたさに頭を抱える和也をよそに、英理は携帯画面を操作しながら、ナオから送られてきたばかりのメールを和也に見せた。
「よし、お兄ちゃん、場所と日時が決まったよ! 3日後の夜の19時半から。お店は、新宿になったみたいやけん。参加よろしくね!」
「し、新宿ぉ…? 余計に知り合いに会いそうで怖いわ。お店はどこなんや…」
「もう、こうなったら腹括るしかねぇな。3日後の夜、ナオのために一肌脱いできたるわ」
和也はノートパソコンをパタンと閉じ、ふぅと大きく息を吐き出した。
ナオのピンチを救うため、和也の
「偽装コンパ作戦」へのカウントダウンが、静かに始まった。




