第84話 【長崎の偽兄妹】
タクシーは表参道の交差点を曲がり、洗練されたブティックや高級セレクトショップが立ち並ぶ、青山の「みゆき通り」へと入っていった。
「凪くん、着いたよ」
英理に促されてタクシーを降りると、そこはガラス張りのオシャレな建物が並び、行き交う人々もみんな雑誌から飛び出してきたかのように洗練された街。
凪は思わず「うわぁ…」と気圧されそうになるが、英理は慣れた足取りで、みゆき通りから少し路地に入った、落ち着いた雰囲気のセレクトショップへと凪を引っ張っていった。
英理が凪を連れて入ったのは、コンクリート打ちっぱなしの壁に無機質なアイアンのラックが並ぶ、ひときわ洗練された高感度のセレクトショップ「L'ECLAT AOYAMA(レクラ 青山)」。
あまりにもお洒落で独特な世界観に、凪は完全に気圧され、借りてきた猫のように身を縮めた。
「あ、英理…ここ、置いてある服のタグの数字とかデザインが独特すぎんか? 俺みたいな一般人が入って大丈夫なとこ?」
「大丈夫、大丈夫。ここ、うちもよく私服買いに来る大好きなショップなんよ。ほら、ついてきて」
英理はクスクスと笑いながら凪の手を軽く引き、メンズのラックへと迷いなく進んでいく。
「ねぇ、凪くん。今日はうちが勝手に全部決めるけん、文句なしね? テーマは『スポーツ系封印』で!」
「おう、もちろんや! 文句なんかあるわけないやろ、全面的に英理のセンスに任せるわ。頼むから英理が決めてくれ!」
「うーん、凪くんは身長175センチで、消防士やけん筋肉はあるけど、プロレスラーみたいに太いわけじゃなくてシュッとしとる『細マッチョ』じゃん?」
英理は一歩下がって、凪の体型を頭からつま先まで品定めするように見つめ。
「そういう細マッチョな体型はね、こういうちょっとルーズだけど仕立てが良いジャケットとか、落ち感のある綺麗なスラックスがバリ映えるんよ」
英理は楽しそうに言いながら、ラックから次々と服をピックアップしていく。彼女が選んだのは、英理自身の私服の好みが100%反映された、モノトーンベースのシックな大人カジュアル。
独特なカッティングが施された、上質な墨黒のオーバーサイズジャケット
肌触りが抜群に良い、絶妙な落ち感のあるホワイトのプレーンTシャツ
脚のラインを驚くほど綺麗に見せる、ダークネイビーのセミワイドスラックス
「よし、完璧! はい、これ持ってとりあえず試着室入ってみね!」
手渡された服の、触っただけで分かる高級感に怯えながら、凪は吸い込まれるように試着室へと向かった。
数分後。
「英理、着替えたけど…なんか、これ俺で合っとるんか?」
試着室の中から、自信なさげな凪の声が聞こえてくる。
「いいけん、一回見せて!」とカーテンを開けるとそこには、見違えるほど垢抜けた凪が立っていた。
「…わぁ」
英理は思わず、ぽかんと口を開ける。
175cmの引き締まった体型に、オーバーサイズジャケットが絶妙な肩の落ち感で馴染んでいる。
インナーの白Tシャツが胸元の程よい筋肉の厚みを上品に引き立て、スラックスは凪の脚をいつもより長く、スマートに見せていた。
「めちゃくちゃ格好いい…! 想像以上やわ。凪くん、やっぱりスタイルバリええね」
「ほ、ほんまか? 英理にそう言ってもらえるなら、ちょっと安心したわ…」
「うん、これならそこらのモデルさんにも絶対負けんよ。…どうする? 今日はこのまま、この格好でデートしちゃう?」
凪が鏡の前で新しい服のシルエットを確かめていると、すぐ後ろから「お客様、とってもよくお似合いですね」と、上品な女性スタッフが笑顔で声をかけてきた。
「あ、ありがとうございます…」
店員は少し離れたラックで別の服を見ている英理の方へチラリと視線を向け、声を潜める。
「あの、お連れ様は…彼女さんですか?」
「えっ!? あ、いや、その…」
「本当にスタイルが良くて美人な方ですね。
…あの、実は差し支えなければなんですけど、お連れ様、何度かうちの店に来られている『神之浦英理さん』に、ものすごく似ていらっしゃるなと思いまして…」
「ハッ、あ、神之浦英理さん!?」
凪の声が裏返る。
「はい。ハットを深く被られていますが、お顔の雰囲気もそうですし…さっき少し聞こえたお声も、なんだかすごく似ていらっしゃるので、気になりまして」
店員の鋭すぎる洞察力に、凪の背中に一気に冷や汗が噴き出した。
(ヤバい、声でバレかけとる…!!)
その時、「凪くん、こっちのシャツも」と、英理が二人のもとへ戻ってきた。
店員は待ってましたとばかりに、英理の顔をまじまじと見つめ。
「あの、失礼ですが…。今日は、彼氏さんのお洋服選びですか?」
ストレートな質問に、英理はハットの奥で(あ、バレた……!!)と息を呑んだ。
ここで「違います」と普通に否定しても、この鋭い店員には絶対に怪しまれる。
英理はとっさに身を震わせると、わざとらしく大きな声を上げて、凪の腕をバシッと叩いた。
「ええっ!? いやいや、違います、違います!! 彼氏なんかじゃないですよ! 今日は、長崎から出てきた『うちの兄ちゃん』の服を選びに来たんです!」
「えっ…お兄様、ですか?」
「そうなんよ! ねぇ、お兄ちゃん? 兄ちゃんいっつもダサい格好ばっかりしとるけん、うちが見かねて東京のオシャレな店に連れてきてあげたんよ。ほんま、彼氏と間違えられるなんてバリ恥ずかしいわぁ!」
英理は急に完璧な長崎弁にシフトチェンジし、呆れた妹の演技を完璧にこなしてみせた。
「お、お兄…っ!?」
急に「長崎の兄(実質、和也のポジション)」に任命された凪は、目玉が飛び出そうなほど驚く。
しかし、ここで合わせなければ芸能界がひっくり返る。
凪はパニックになりながら、
「お、おう! そうなんよ! ワシ、長崎の田舎から妹を頼って出てきたんよ! 普段は山ばっかりおるけん、こんなハイカラな店、バリ緊張してまうわぁ! なぁ、妹よ!」
「ほうよ、兄ちゃん。やけん言ったやん、こういう店に来るときは胸を張りねって!」
英理は凪の腕をつねりながら、これでもかと長崎弁を連発する。
「あ、あら…そうだったんですね。長崎からお越しのお兄様でしたか。大変失礼いたしました…!」
二人の迫真の(?)長崎弁の掛け合いと、凪のあまりの必死さに圧倒されたのか、店員はすっかり恐縮した様子で頭を下げ、それ以上深く追及してこなかった。
「いえいえ、気にせんでください! じゃあ兄ちゃん、この服にするけん、早くお会計してきてね!」




