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第80話 【神之浦英理似の脅威】

英理が一歩ずつ近づいてくるのを前に、凪は完全に固まった。


助けを求めるように和也を見るが、和也も(お前が自爆したとやからな……)と、瑞穂に見つからないようにそっと目をそらした。


凪はすかさず身を乗り出して、瑞穂に両手を振った。


「いや、瑞穂さん! ほんまに、ほんまにありがたい話なんですけどね!? 俺、今彼女とか全然いらんのですわ! 消防の仕事がめちゃくちゃ忙しくて、新しい救助の訓練とかも始まって、もうそんな人と付き合っとる暇なんか一ミリもないから! ほんまに!!」


瑞穂は、申し訳なさそうに自分の携帯の画面を凪に向けた。


「えっ? でも、もう早紀にメール送っちゃった」


「……は?」


携帯の画面には、すでに『かっこいい消防士の人がいるんだけど、今度4人で会わない?』という文章と、しっかり『送信完了』の文字。


そんな凪たちのやり取りをよそに、瑞穂はジャージ姿の英理をまじまじと見つめた。


「それにしても和也くん、妹さんもよく見るとすっごく可愛らしいね! お肌もツヤツヤだし、目がぱっちりしてて、なんだか芸能人みたい」


「えっ!? あ、いや、そんなことないんよ! こいつはただの芋娘やけん!」


和也が慌てて割って入る。


英理は引きつりそうになる頬を必死に抑え、上品に微笑んだ。


「ありがとうございます、瑞穂さん。そんな風に言うてもらえるなんて、うち、バリ嬉しいです」


瑞穂はすっかり英理のことが気に入ったようで、楽しそうに問いかけた。


「ねえねえ、妹さんも凪くんとお友達なの? 凪くん、いつもこうやって和也くんの家に遊びに来るの?」


瑞穂からの無邪気な質問に、英理はゆっくりと凪に視線を戻した。


「友達……うーん、そうですねぇ。友達というか、お兄ちゃんの同級生やけん、昔からよろしゅうさせてもらいよるんですけど。ねぇ、凪くん?」


「お、おう……まあ、そんな感じ、かな……?」


「瑞穂さん、ほんまにごめん! とにかく今のメール、さっきのは無かったこととして断ってぇな! お願い、今すぐ『やっぱり無しで!』って送って!!」


凪はソファから身を乗り出し、拝むように両手を合わせて必死に懇願した。


「えー、そうなの? せっかくのチャンスなのにもったいないなぁ……。あ、でも断る前にさ、せめて早紀の写真だけでも見てよ! ほら、こんなに可愛いんだから!」


そう言うと瑞穂は、携帯の画面を凪の目の前にグイッと突き出した。


画面に映し出されていたのは、少しはにかんだ笑顔を見せる、いかにも男子ウケしそうな、透明感のあるお嬢様風の美女の写真だった。


凪は画面を見つめた。


(見たらアカン、見たら地獄に落ちる……!)


「……っ!」


その瞬間、すぐ真横から英理が凪の肩越しに携帯の画面を覗き込んできた。


「ほんま……。早紀さん、バリ可愛い人ですねぇ、凪くん?」


「ひ、ひぃぃ……っ!」


「お肌も白くて、なんか雰囲気もうちよりずっと女の子らしくて、優しそう。……ねぇ、凪くん。こんな可愛い人からのお誘いを断るなんて、ほんまにもったいないと思わん?」


「お、思わん! 一ミリも思わん! 確かに可愛いとは思うけど、俺にはもう、世界で一番綺麗で、ちょっと難しくてすぐ怒るけど、最高に愛しい人がおるから……あ、いや、おるような気がするから!!」


瑞穂の前で必死に言葉を濁しながら、凪は英理への忠誠を誓った。


英理は携帯の画面から目を離すと、


「ほんま、瑞穂さん。こんな綺麗な早紀さんやったら、凪くんにはもったいないくらいの人ですねぇ」


「えー! そんなことないよ!」


瑞穂はブンブンと首を横に振って、英理の言葉を全力で否定した。


それどころか、身を乗り出して凪を褒めちぎり始める。


「凪くんだったら、うちの大学に来たらすぐ彼女できるよ! 背も高くてかっこいいし、消防士さんだし、お話もこんなに面白いんだもん。もう、掘り出し物みたいな人だと思う!」


「ほ、掘り出し物……!?」


「いや、瑞穂さん、褒めすぎですって! 俺なんてただの、その、そこらに転がっとるただの石ころみたいなもんですから! 掘り出しても泥しか出てきませんわ!」


必死に自分を下げようとする凪。


その横で、英理は腕を組んだ。


「へぇ……。凪くんって、よその大学に行ったら『すぐ彼女ができる掘り出し物』なんやねぇ。うち、知らんかったわ」


「あ、英理……? 違うねん、瑞穂さんが気を遣って言うてくれてるだけで……!」


「うちの大学の女子が見たら、みんな放っておかないと思う!」


なおも無邪気に追い打ちをかける瑞穂。


和也はもう完全にキャパシティをオーバーしていた。


(頼むけん瑞穂、もうそれ以上凪を上げるのはやめてくれ。こいつの命に関わる……)

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