第79話 【ダサジャージの圧】
「あ、初めまして! 瑞穂です。和也くんと同じ大学で…。
へぇ、関西弁なんですね! 消防士さんなんて、すごーい! たまに晩ご飯食べに来るくらい仲が良いんだね」
「そうそう、ただの体力バカの食いしん坊ですわ!」
ソファに腰掛けた瑞穂は、すっかり凪への警戒心を解いたようで、興味津々に話を振ってきた。
「消防士のお仕事って、いつも命がけで大変ですね。夜勤とかもあったりして、体力的にもボロボロになりそう」
「いやいや、訓練はキツいですけど、慣れたら全然大丈夫ですよ。それより…」
凪は和也をジロリと睨み、冗談めかして言った。
「和也のやつ、彼女できたことすら俺に一言も隠しとったからな! 今日ここで瑞穂さんに会って、俺、ほんまに腰抜かすかと思いましたわ!」
「えっ、和也くん、凪さんに彼女できたこと言ってなかったの?」
瑞穂が驚いて和也を見ると、和也は「あ、いや、言うタイミングが無くってな……」と頭を掻きながら、必死に話をそらそうとする。
瑞穂は「もう、仲良い親友なのに水臭いね」と笑いながら、ふと思いついたように凪に尋ねた。
「あ、そういえば凪さんって、彼女さんとかはいないの?」
「っ!?」
その質問が飛び出した瞬間、凪と和也の動きがピタッと止まった。
凪がオロオロと視線を英理の部屋へ向ける。
和也は焦り、慌てて間に入った。
「お、おらん! こいつ、彼女なんかずーっとおらんで、瑞穂! 毎日筋肉としかお喋りしてへんような奴やから!」
「ちょっと、和也! 筋肉とお喋りってなんやねん!」
凪がすかさずツッコミを入れる、
瑞穂は「そうなの!?」と目を輝かせた。
「 もったいない、こんなに優しそうな消防士さんなのに。
あ、じゃあさ! 私の友達の早紀が、今ちょうど『優しくて頼りになる彼氏が欲しいな〜』ってずっと言ってるの! 良かったら今度、早紀のこと紹介させて!」
「えっ!? しょ、紹介…!?」
瑞穂のまさかの提案に、凪は思考回路が停止。
瑞穂の「押し」はさらに勢いを増す。
「早紀ね、本当に可愛いの! 最近彼氏と別れたばかりなんだけど、性格も良いし。
顔なんかめちゃくちゃ可愛くて…そうだな、最近すごく人気があるあの子、神之浦英理ちゃんみたいな感じ!」
「ぶっ…!!」
和也が飲んでいたお茶を吹き出しそうになり、激しくむせ返り。
「ゲホッ、ゲホッ…!」と吐きそうになりながら咳き込む和也を見て、瑞穂はふと思い出したように首を傾けた。
「あ、そういえば神之浦って…和也くんも同じ苗字だね! 珍しい苗字だから、ちょっとびっくりしたかも」
「あ、いや! 珍しいけど、長崎じゃたまーにおる苗字なんよ! 全然、ぜんっぜん関係ない親戚でも何でもないけんね!?」
「ふふ、そうだよね。珍しい苗字の偶然ってあるもんね」
一方、動揺のあまり思わず言葉をそのままオウム返しする凪。
「…神之浦英理?」
すると、瑞穂は凪が食いついてきたと勘違いし、嬉しそうに身を乗り出してきた。
「そう、神之浦英理ちゃん! 凪さん、神之浦英理ちゃん好きなの?」
「あ、いや…」
凪は一瞬言葉に詰まった。脳裏に浮かぶのは、ついさっきまで顔を真っ赤にして「今から……する?」…英理の顔。
ゴクリと唾を飲み込むと、小さくコクンと頷いてしまった。
「…めちゃくちゃ、タイプやな」
「ほら、やっぱりーー!!」
瑞穂はパチンと手を叩いて大喜び。
「じゃあ絶対に早紀と気が合うよ! 早紀もね、ガッシリした人がタイプって言ってたし、これはもう運命だよ!
私、さっそく今から早紀にメールして予定聞いてみるね!」
瑞穂はパカッと折りたたみ携帯を開き、ボタンをパチパチと打ちながらすっかり乗り気で話を進め始めた。
「和也くんも、親友の恋、協力してよ?」
「あ、あ、おん…そうやな…」
話がとんでもない方向へハイスピードで進んでいく中、二人の脳裏には共通の恐怖が浮かんでいた。
((ヤバい……この会話、絶対に奥の部屋の英理に丸聞こえや……!!))
瑞穂が携帯の画面からパッと顔を上げ、思い出したように言った。
「そう言えば和也くん、妹さんは? さっき、玄関で待ってた時、声が聞こえた気がしたんだけど…良かったらお会いしてみたいな」
「ひぇっ!?」
「あ、いや! あいつは今、その、部屋でめちゃくちゃ汚い格好で寝とると言うか、風邪気味と言うか、とにかく人前に出せるような状態や無うて…!」
その時だった。
ガチャリ…
奥の寝室のドアが、不気味なほど静かに開いた。
和也と凪の背筋に、同時にゾクリと冷たい戦慄が走る。
ゆっくりとリビングに現れたのは、予告通り、前髪をヘアピンで無造作にデコ出しにし、おばあちゃんが着るような小豆色のダサい綿ジャージのズボンを胸のあたりまでハイウエストでグッと引き上げた、お世辞にも芸能人には見えない格好の英理だった。
しかし、その変装のダサさとは裏腹に、彼女の瞳の奥は完全に据わっていた。
「あ、お兄ちゃん。お客さん、来とったんやね…」
英理は感情の消えた声でそう言うと、まずは瑞穂に向けて、借りてきた猫のようにおとなしくペコリと頭を下げた。
「初めまして、和也の妹です……」
瑞穂は一瞬、そのあまりにも素朴(?)なジャージ姿に驚いたようだが、すぐに人懐っこい笑顔を浮かべた。
「あ、初めまして! 瑞穂です。和也くんから妹さんと暮らしてるって聞いて、お会いしてみたかったの! 急にお邪魔しちゃってごめんね」
「ううん、全然ええんよ。それより」
英理はゆっくりと首を動かし、鋭い視線を、ソファで石化している凪へと向けた。
その目は全く笑っていない。
「…なんか、楽しそうな話しよったねぇ? 『早紀さん』やったかね? めちゃくちゃ可愛い女の子を紹介してもらえるんやって?」
「ひ、ひぇ…っ!」
凪の口から、情けない悲鳴が漏れた。
「凪くん、さっき『めちゃくちゃタイプやな』って、随分と嬉しそうに言いよったねぇ? うち、部屋の中までバッチリ聞こえてきとったんやけど」




