第78話 【深夜の防衛戦】
「彼女の瑞穂がな! 『どうしても和也くんの部屋が見たい!』言うてゴネて、無理やりここまでついてきたとよ!!」
「ええっ!? 瑞穂さんって、その彼女さんが今そこに!?」
「そうや! 妹と二人暮らしとは言うとるけど、まさかその妹が話題の女優の『英理』やなんて、口が裂けても言えんやろ!?
今、ちょっと荷物片付けるけん言うて、玄関先で待たせとる!
英理、お前今すぐ前髪上げて眼鏡かけるか、なんか物凄うダサいジャージでも着て、とにかく絶対にバレん格好にしろ!」
和也は必死の形相でリビングを見回し、クローゼットを指差した。
しかし、そこで彼の視線が、ソファの横で転がっている「もう一人の人物」の姿を捉えた。
和也の動きが、ピキッと完全に停止する。
「……って、ええええええっ!? 凪!? お前、何でそこにおるんやぁぁぁっ!?」
(や、やばい……! あと数センチでキスするところやった!)
(凪くん、顔真っ赤やもん! お兄ちゃんに見られたら一発でバレる……!)
二人は一瞬だけ目を合わせた。
「い、いや、何でって俺、今日は英理と会う約束しとったから、普通に部屋で待っとっただけやけど……」
「そ、そうよお兄ちゃん! 凪くんはただ……アイス食べてただけやもん! や、やましいことなんて、なーーーんにもしてへんよ!?」
「お前、なんでそんな必死なんや! 動きも声も挙動不審すぎるぞ!」
和也は頭を抱えた。
「計算狂ったわ! こんな夜中に妹が部屋に男連れ込んどるなんて、瑞穂に知られたらイメージ悪すぎるやろが!」
「『どんなだらしない家なん!?』って引かれたらどうすっとや! 終わった、もうおしまいや……!」
「だから、やましいことは何も……」
「バカ! もしそんなことしとったら、凪、本気で許さんけんね!!」
「えっ……和也、怖すぎ……」
「お兄ちゃん、怖すぎやろ……」
二人の声が重なった。
♢
「ああっ、もう! とにかく、瑞穂に凪のことなんて説明すればよかとや! 妹が部屋に男連れ込んどるなんて絶対に言えんし、どう言い訳したらええんか分からんわ!」
「そうしたら、普通に長崎からの友達って紹介すればよかやん。和也が留守なの知らずに遊びに来とった、って言えば怪しまれんでしょ?」
「あ……! 普通やな。俺、焦りすぎてたわ。それならいけるか! よし、それでいくわ!」
「じゃあ、うち今のうちに隠れるけんね。凪くん、あとはよろしくね!」
英理はそう言うと、さっさと自分の部屋へ戻った。
ドアを閉める直前、前髪をヘアピンで雑に上げ、クローゼットから小豆色のダサい綿ジャージを引っ張り出す。
リビングに取り残された凪は、思わず声を上げた。
「えっ、俺一人で対応するん!?」
しかし、もう遅かった。
閉まったリビングのドアの向こうから、高く可愛らしい女の子の声が近づいてくる。
「和也くーん? まだー?」
『和也く〜ん? もう入ってもいい? 結構待ってるんだけど〜!』
和也と凪は、リビングのドアを見つめた。
ガチャリ。
ドアが開くと、そこには少し首を傾げた瑞穂が立っていた。
「和也くん、お邪魔しまー……す?」
一歩足を踏み入れた瑞穂は、ソファの前に直立不動で立っているガタイのいい男――凪を見て、ピタリと動きを止めた。
「……え?」
瑞穂は驚いた顔で、和也と凪を交互に見た。
「和也くん、こちらの男の人は? なんで男の人がいるの? 妹さんと二人暮らしじゃなかったの?」
「あ、いや! 違うんよ、瑞穂! こ、こいつはな! 長崎の、あの、高校時代からの親友の凪言うて……ほら、前にちょっと話したかもしれんやろ!? 今、東京で消防士やっとるんやけど……」
「初めまして! 凪って言います。和也とは高校の頃からずーっとバカやってた仲なんですよ」
凪はすかさず頭を下げた。
「俺、今こっちで消防士やってるんですけど、和也の家にはたまに晩飯食べに来させてもらってて」
「そうなんです……?」
「はい。あ、和也の彼女さんですか? いやぁ、和也のやつ、こんな可愛い彼女がおるなんて一言も言うてくれへんかったから、俺もびっくりしてもうて!」
「……え?」
瑞穂の表情が、少しずつ和らいでいく。
「そ、そうですか……。初めまして、瑞穂です」




