第8話 【三原高校での初告白】
三原高校の昼休み、教室の校内放送から流れる曲が心地よい空間を作り上げていた。
「ねえ英理、さっきの曲、あんたも聴いた? あのサビのフレーズ、なんか胸がギュッてなるよね」
ナオが雑誌のページをめくりながら声を弾ませる。
英理もまた、机に頬杖をつきながら
「うん、聴いた。切なかけど、良か曲よね」と、穏やかな笑みを浮かべていた。
「あの、神之浦さん」
少しキザで余裕のある声に、英理がふと顔を上げる。
そこには、二年生の男子生徒、女子からかなり人気があり、部活でも中心的存在の『高橋』が、自分に絶対の自信がありそうな笑みを浮かべながら、英理の机のすぐ横に立っていた。
周囲の会話がふっと消え、教室中の視線が静かにその一角へと吸い寄せられる。
「えっ、だれ?」
英理はきょとんとした表情で、小首をかしげた。
高橋のことは顔こそ見知っている気がしたが、これまで言葉を交わしたことは一度もない。
人生で初めての、正真正銘の「告白」の気配だとは、英理は露ほども思っていない。
「高橋です。ちょっと、今から話、聞いてもらえんかな。二人きりで……」
自信に満ちた高橋の視線と、教室中が息を呑んで見守る静寂。
英理は事態が飲み込めず、目をぱちくりとさせた。
隣に座るナオが、「え、マジ?」と目を見開き、驚きと面白がりが混ざった表情で英理の肩を小突く。
「話? うち、あなたと話すようなこと、何かあったかいな?」
そのあまりにも率直で、屈託のない一言。
隣で聞いていたナオは、吹き出しそうになるのを必死に堪えて肩を震わせる。
高橋は自分の男としての魅力に自信満々だっただけに、英理のあまりの「空気の読めなさ」と、自分を全く男として認識していなかった事実に面食らい、一瞬表情をひきつらせた。
「ねえナオ、ちょっと話聞いてくるけん待っとって。
何か落とし物でも拾ってくれたとかもしれんし」
「…拾ったのが『俺の心』とか言われたらどうするとよ」
ナオは呆れ半分、面白がり半分といった様子で、英理の背中を見送りながら、ナオは頬杖をついてポツリと呟いた。
「あの天然、無自覚すぎて逆に恐ろしかわ」
人気のない突き当たりの窓際で、高橋がどこか余裕めいた仕草で立ち止まりった。
「あの、神之浦さん、急にごめんね。どうしても今、聞きたくて」
「うん、なに? もしかして、うち何か落とした?」
「いや、そうじゃなくて。その、神之浦さんは…今、付き合っとる人とか、おると?」
「えっ」
英理はきょとんとして、瞬きを繰り返した。頭の中にあった「落とし物」という予想が外れ、その言葉の意味を脳内で反芻する。
「は、なし? ええと、付き合っとる人?」
「そう、好きな人とか、彼氏とか」
「えっと、おらんよ」
英理は戸惑いながらも、嘘をつく必要はないと考え、正直に答えた。
「じゃあ…神之浦さん。良かったら、俺と付き合ってくれんかな」
「っ?」
ようやく、英理の脳内でパズルのピースが繋がった。
「つき…あって…?」
(どうしよう…。どうして急に、そんな?)
英理の心に逃げ場のない焦燥感が押し寄せる。
とにかくこの状況が怖い。早くナオのところへ戻りたい。その一心で。
「あ、あの、ごめん」
「急にそんなこと言われても、全然意味が分からんし。ごめん、それはできん。もう行くね」
英理はくるりと背を向けると、足早に教室へと駆け出した。
「…っ!?い、意味わからんっ…て」
まさか断られるとは思っていなかった高橋は、あっけなく秒殺された衝撃に、その場に固まって立ち尽くした。
教室へ戻るなり、英理は息を切らしたまま自席に滑り込んだ。
ナオが頬杖をついてこちらをじっと見つめている。
その口元には、隠しきれないほどのニヤけ笑いが浮かんでいた。
「おかえり。で、どうやったん?」
英理は、ナオの机の近くまで顔を寄せると、顔を真っ赤にして小声で打ち明けた。
「ねえ…ナオ、あの子、とんでもないこと言ったとよ」
「とんでもないこと?」
「突然、付き合ってほしいなんて。あんた、あんなの、おかしいよね? うち、あの子のこと名前も知らんかったとに、なんでそんなこと言えるんと?」
ナオは、英理のあまりの純粋な狼狽ぶりに、思わず吹き出しそうになるのを必死に堪え、ニヤニヤとしたまま英理の肩をポンポンと叩いた。
「あーあ、ついに英理の『伝説』が動き出したね。おめでとう、初告白」
「おめでとうとか、全然そんな場合じゃないよ!」




