第74話 【東京初デート ― 秋の凪と、忍び寄る覚悟】
東京での生活にも少しずつ慣れ始めた頃、二人は初めて「休日」を合わせて外へ出かけた。
行き先は、あえて華やかな都心ではなく、自然が溶け合う癒やしのオアシス、井の頭公園。
池の周りをゆっくりと歩きながら、二人が他愛もない会話を交わしていると、凪は時折、周囲を気にするように視線を泳がせている。
「…凪くん、さっきからどうしたんと? キョロキョロして」
英理が不思議そうに尋ねると、凪は少し声を落として、落ち着いたトーンで切り出した。
「…いや、英理、これから有名人になっていくんやろ。
今はまだええけど、これからは外でこうやって堂々と歩くのも、難しくなるんやろうなって思ってな」
「…え、そうかな。まだ全然、誰にも気づかれんよ?」
「今はそうかもしれん。でも、雑誌で見せたあの笑顔なら、すぐに見つかってしまうわ。
…それに、事務所からも言われてるんやろ? 恋愛のこととか」
英理は、数日前にマネージャーから釘を刺された「今は大事な時期だから、軽率な行動は控えるように」という言葉を思い出し、少し俯いた。
「…うん。恋愛禁止…みたいなことは、言われた。でも、凪くんは別やもん。お兄ちゃんの友達やし、家族みたいなものだし」
「…向こうからしたら、そんなん関係ないんよ」
凪は自嘲気味に笑い、池のほとりのベンチに腰を下ろす。
「もし写真とか撮られたら、英理が今まで頑張ってきたことが全部台無しになってしまうかもしれん。
…俺はこの街を守る仕事を目指してるけど、英理を守るためには、今は『おらん存在』にならなあかんのかもしれへんな」
凪の少しだけ訛りの混じった、大人びた言葉。英理は隣に座り、そっと彼の袖を掴み。
「…そんなの、寂しかよ。凪くんがおらん東京なんて、うち、耐えられん」
「…寂しいのは俺も一緒や。
でもな、英理が一番輝く場所に行くためには、必要な覚悟なんやと思う。
だからさ、これからは会う場所も考えなあかんな。
マンションの中で和也と一緒に飯食うのが、一番安全かもしれんぞ」
凪の冗談めかした言葉に、英理は少しだけ微笑んだが、同時に都会で夢を追うことの「厳しさ」を突きつけられた気がした。
「約束して、凪くん。どんなに有名になっても、どんなに会えなくなっても、うちのこと、忘れんといてね」
「当たり前やん。俺が東京で一番高いハシゴ車に乗って、一番に英理を見つけるって決めてるんやから。
その代わり、俺が会いに行かれへん時は、テレビの中で思いっきり笑ってくれ。それを見て、俺も頑張るから」
華やかな都会の喧騒の裏側に潜む「不自由さ」を予感しながらも、二人は互いの存在をより深く、切実に確かめ合った。




