第73話 【正義感の暴走】
凪は肩を震わせ、今度は矛先を和也とナオに向け正義感が暴走し始めた。
和也とナオに対しても、凪は寂しそうな顔を向けた。
「…和也、ナオ。お前ら、いつからそんな遊び人になってしもたんや。
俺、お前らがそんな…コンパとか行って、軽い人間関係作るようなやつらになったなんて、思わんかったわ」
「お前ら、大学に、それかわざわざ東京まで勉強しに来たんちゃうんか? 和也、お前には妹の英理がおるやろ。
英理に悪影響や! もっと兄貴としてしっかりせえよ!」
和也は圧倒されて言葉を失い、凪は勢いそのままにナオの方を向き、鬼気迫る表情で詰め寄った。
「ナオもナオや! 確かに長門くんと別れたんは俺も心苦しいし、辛いの分かるで。
けどな、だからって男に弄ばれるような場所に自分から飛び込んで行くな! 酒で酔っ払って、隙だらけになって……そんな勢いで男に何をされるか分からんのやぞ! 英理の親友が、そんな遊び人を引き寄せるような場所に身を置くなんて、英理にも悪影響なんや!」
凪はまるで保護者か、あるいは厳しい父親のような口調で、切々と正義を振りかざす。
部屋には重苦しい空気が流れ、和也は呆れを通り越して
「お前……そこまで言うかよ」
しかし、ナオは違った。彼女は冷めた目で凪を見つめ返し、呆れ果てた声で切り出した。
「…凪くん。あんた、さっきまで自分が何言っとったか忘れたんと?」
ナオの鋭い一言に、凪はきょとんとして動きを止める。
ナオは立ち上がる、
「英理。この彼氏?自分の言葉の矛盾にも気づかんくらいパニックになっとるね」
ナオはニヤリと笑い、英理に向かって言った。
「ねえ、英理。ちょっとあんたの彼氏みたいな人、今のうちにコンパに強制連れて行って、実体験を叩き込んでもいいかな? 身をもって教えてやりたいっちゃけど!」
ナオの不敵な提案に、英理もまた悪戯っぽく口角を上げた。
「よかよ、ナオ。凪くんには、一度徹底的に『現実』を勉強してもらう必要がありそうやね」
凪は「え、ちょっ…」と戸惑うが、英理とナオのただならぬ気迫に、またしても背筋が凍り出した。
英理はクスッと笑っていた口元をスッと戻し、試すような真っ直ぐな視線を凪に向け。
「で? 凪くんはどうすると?」
凪は慌てて首をブンブンと横に振り、真剣な顔でナオと和也に向き直った。
「俺は絶対行かへん! ナオ……さっきは偉そうに説教みたいなんしてごめん。
とにかく、ナオはええ人と出会って幸せになってくれ。和也もな、変な遊び方せんとちゃんとしろよ」
必死に取り繕う凪の言葉に、ナオは少しつまらなそうに唇を尖らせ。
「なんや、残念やねぇ。凪くんをコンパの荒波に放り込んだら、けっこう面白そうだったとに」
すると、英理が、ふいに氷点下の声で言い放った。
「ナオ。もしあんたが凪くんをコンパなんかに連れて行ったら…うち、凪くんと即行で別れるけんね」
その一言に、リビングの空気がピタリと凍りついた。ナオが目を白黒させて英理を見つめる。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! さっき『社会勉強で行ってきんさい』みたいなノリだったやん!」
英理はゆっくりと首を傾げ、冷たく美しい顔のまま言った。
「…あれ? 嘘に決まっとるやん」
英理はそのまま、じわじわと凪の方へ顔を向ける。
その瞳は全く笑っていない。ただ静かに、逃げ場を塞ぐような底知れぬ凄みを湛えていた。
「凪くん。…もしかしてさっき、ちょっとでも『やっぱりコンパ行ってみたいかも』って心が揺らいどったら…自分がどうなっとったか、分かっとるよね?」
「ヒッ…」
凪の喉の奥から、情けない声が漏れた。英理はさらに一歩、凪に詰め寄る。
「冗談じゃすまんかったんやけんね。
もし行っとったら、二度とうちの前に顔見せられんようになっとったよ」
地の底から響くような英理の恐怖の宣告に、凪は完全に顔面を蒼白にし、直立不動で
「はい、一生行きません……」と震える声で誓った。
和也は、すっかり縮み上がってしまった凪を見て少し気の毒になったのか、カレーの皿を置きながら苦笑いでフォローを入れる。
「凪、お前が想像しとるような乱痴気騒ぎばっかりじゃないんよ。
実際はな、本気で彼氏や彼女を見つけに来とる、真面目な人がほとんどなんやから」
和也の言葉を聞いて、凪はホッと息を吐き出すかと思いきや、さらに顔を引きつらせた。
「そうなん…。やったら、なおさらタチ悪いやんか…」
凪は両手で顔を覆い、すっかり意気消沈した様子で力なく首を横に振り。
「もう、頼むからコンパの話は俺のおらんところでしてくれ…。怖すぎるわ、コンパ…」
英理は優しく微笑むと、いつもの柔らかな声に戻った。
「まぁ、これに懲りたら、二度とうちの前で『他の女の子がおる場所に行ってくる』なんて言わんことやね。
……凪くんは、ずっとうちだけ見とってくれたらよかとよ」
凪はようやくパッと顔を輝かせ、「当たり前やん!」と力強く頷いた。
その一部始終を見ていたナオは、和也と顔を見合わせながら肩をすくめ。
「結局、いつものバカップルに戻っただけやね…。和也くん、うちらも早くカレー食べて、さっさとコンパの作戦会議しよっか」




