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第64話 【坂の上の小さな公園にて】

季節は巡り、長崎の街は眩しい初夏の緑から、あたたかな秋の茜色へと少しずつ装いを変えていった。


休日の朝、待ち合わせ場所に現れる英理は、いつもの制服姿とは少し違う大人びた私服に身を包んでいた。


そんな英理の姿を見るたび、凪は密かに胸を躍らせていた。


路面電車のガタゴトという心地よい揺れに身を任せ、二人で過ごす休日は、いつしか何物にも代えがたい時間になっていた。


♢


ある休日は、色鮮やかな朱色の門がそびえ、大勢の人で賑わう長崎新地中華街へ。


「凪くん、これ食べてみて! 『よりより』っていうお菓子なんだけど、めちゃくちゃ硬いけん、気をつけてね」


「よりより? ……うわっ、ほんまや、硬っ! 歯折れるかと思ったわ」


「あはは、噛みごたえがあって美味しいとよ? ほら、こっちの角煮まんじゅうは熱々やから、半分こにしよ」


角煮まんから立ち上る白い湯気を眺めながら、二人で半分こにする。


凪が英理の口元についたタレに気づいた。


「ついてるよ」


そう言って笑うと、英理はぽっと頬を赤らめ、恥ずかしそうに下を向いた。


♢


またある休日は、青空の下で中島川に架かる石橋――眼鏡橋のたもとを並んで歩いた。


「ねぇ凪くん、この護岸のどこかにハート型の石があるって知っとる?」


「ハート? ほんまにそんなんあるんか?」


「あるとよ! 見つけたカップルは、ずっと一緒にいられるんだって」


そう言って必死に壁を見つめる英理の横顔を見ながら、凪はこっそり探すのをやめた。


そして、そっと英理の手を握る。


「見つからんでも……俺はずっと一緒にいるつもりやけどな」


「……っ、凪くんのバカ。そういうこと不意打ちで言うの、ずるいけん」


赤くなった英理が、ぎゅっと手を握り返す。

凪も小さく笑った。


♢


そして、少し背伸びをして訪れたのは、重厚な構えを誇る老舗のカステラ本店だった。


重い暖簾をくぐる手前で、英理が凪の袖をちょんちょんと引っ張る。


「……ねぇ凪くん。なんかここ、すごく高級感あって緊張してきた……うち、変じゃないかな」


「全然変ちゃうよ、めっちゃ似合ってるって。カステラ買いに来ただけやのに、なんでそんな面接行くみたいに緊張しとんねん」


そう笑いながらも、格式高い木造の店内と店員の丁寧な接客に、凪自身も自然と背筋が伸びていた。


小さなお重のような箱に入ったカステラを大事そうに受け取り、店を出た瞬間。


二人は顔を見合わせ、


「はぁ〜っ」


と同時に深いため息をついた。


「ふふっ、凪くんもバッチリ緊張しとったやん!」


「そりゃそうやろ。あの空気感はアウェイすぎるわ……でも、ばあちゃんと三人で食べるの、楽しみやな」


青空の下を路面電車がガタゴトと通り過ぎる。

夕暮れ時には、坂道に二人の影が長く伸びていた。


♢


休日のたびに長崎の街を歩き、二人の思い出はフィルムのように、一枚、また一枚と積み重なっていった。


長崎の広い空の下で、二人の穏やかでかけがえのない青春が、ゆるやかに、けれど確かに流れていた。


♢


冬。

二人が出会った坂道。

その坂道を登りきった先にある、小さな公園。


澄んだ空気の中、誰もいない公園のベンチに二人は並んで腰掛けていた。


買ったばかりの温かいお茶のボトルを両手で包み込みながら、英理がふぅっと息を吐く。


「……もう2007年なんやね。うちも、あと少しで高3になっちゃうんだ。凪くんは卒業しちゃうんやね……」


「そうやな……あっという間やったわ」


「うん。凪くんと過ごす毎日は、ほんと時間過ぎるのが早くて」


英理はボトルのお茶を両手で包みながら、しばらく黙っていた。


凪が高校を卒業したら、どうなるんだろう。

関西から一人で長崎へやってきた凪は、卒業したらまた元の場所へ帰ってしまうのだろうか。

そんな考えが、最近ふと頭をよぎることがあった。


横目で英理を見ると、少し不安そうな表情をしている。

凪は手の中の缶コーヒーを握り直した。

そして、英理へまっすぐ視線を向ける。


「……英理。実はな、進路のことなんやけど……お前にちゃんと話しておきたいことがあるねん」

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