第64話 【坂の上の小さな公園にて】
季節は巡り、長崎の街は眩しい初夏の緑から、あたたかな秋の茜色へと少しずつ装いを変えていった。
休日の朝、待ち合わせ場所に現れる英理は、いつもの制服姿とは少し違う大人びた私服に身を包んでいた。
そんな英理の姿を見るたび、凪は密かに胸を躍らせていた。
路面電車のガタゴトという心地よい揺れに身を任せ、二人で過ごす休日は、いつしか何物にも代えがたい時間になっていた。
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ある休日は、色鮮やかな朱色の門がそびえ、大勢の人で賑わう長崎新地中華街へ。
「凪くん、これ食べてみて! 『よりより』っていうお菓子なんだけど、めちゃくちゃ硬いけん、気をつけてね」
「よりより? ……うわっ、ほんまや、硬っ! 歯折れるかと思ったわ」
「あはは、噛みごたえがあって美味しいとよ? ほら、こっちの角煮まんじゅうは熱々やから、半分こにしよ」
角煮まんから立ち上る白い湯気を眺めながら、二人で半分こにする。
凪が英理の口元についたタレに気づいた。
「ついてるよ」
そう言って笑うと、英理はぽっと頬を赤らめ、恥ずかしそうに下を向いた。
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またある休日は、青空の下で中島川に架かる石橋――眼鏡橋のたもとを並んで歩いた。
「ねぇ凪くん、この護岸のどこかにハート型の石があるって知っとる?」
「ハート? ほんまにそんなんあるんか?」
「あるとよ! 見つけたカップルは、ずっと一緒にいられるんだって」
そう言って必死に壁を見つめる英理の横顔を見ながら、凪はこっそり探すのをやめた。
そして、そっと英理の手を握る。
「見つからんでも……俺はずっと一緒にいるつもりやけどな」
「……っ、凪くんのバカ。そういうこと不意打ちで言うの、ずるいけん」
赤くなった英理が、ぎゅっと手を握り返す。
凪も小さく笑った。
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そして、少し背伸びをして訪れたのは、重厚な構えを誇る老舗のカステラ本店だった。
重い暖簾をくぐる手前で、英理が凪の袖をちょんちょんと引っ張る。
「……ねぇ凪くん。なんかここ、すごく高級感あって緊張してきた……うち、変じゃないかな」
「全然変ちゃうよ、めっちゃ似合ってるって。カステラ買いに来ただけやのに、なんでそんな面接行くみたいに緊張しとんねん」
そう笑いながらも、格式高い木造の店内と店員の丁寧な接客に、凪自身も自然と背筋が伸びていた。
小さなお重のような箱に入ったカステラを大事そうに受け取り、店を出た瞬間。
二人は顔を見合わせ、
「はぁ〜っ」
と同時に深いため息をついた。
「ふふっ、凪くんもバッチリ緊張しとったやん!」
「そりゃそうやろ。あの空気感はアウェイすぎるわ……でも、ばあちゃんと三人で食べるの、楽しみやな」
青空の下を路面電車がガタゴトと通り過ぎる。
夕暮れ時には、坂道に二人の影が長く伸びていた。
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休日のたびに長崎の街を歩き、二人の思い出はフィルムのように、一枚、また一枚と積み重なっていった。
長崎の広い空の下で、二人の穏やかでかけがえのない青春が、ゆるやかに、けれど確かに流れていた。
♢
冬。
二人が出会った坂道。
その坂道を登りきった先にある、小さな公園。
澄んだ空気の中、誰もいない公園のベンチに二人は並んで腰掛けていた。
買ったばかりの温かいお茶のボトルを両手で包み込みながら、英理がふぅっと息を吐く。
「……もう2007年なんやね。うちも、あと少しで高3になっちゃうんだ。凪くんは卒業しちゃうんやね……」
「そうやな……あっという間やったわ」
「うん。凪くんと過ごす毎日は、ほんと時間過ぎるのが早くて」
英理はボトルのお茶を両手で包みながら、しばらく黙っていた。
凪が高校を卒業したら、どうなるんだろう。
関西から一人で長崎へやってきた凪は、卒業したらまた元の場所へ帰ってしまうのだろうか。
そんな考えが、最近ふと頭をよぎることがあった。
横目で英理を見ると、少し不安そうな表情をしている。
凪は手の中の缶コーヒーを握り直した。
そして、英理へまっすぐ視線を向ける。
「……英理。実はな、進路のことなんやけど……お前にちゃんと話しておきたいことがあるねん」




