第61話 【晴れやかな登校】
翌朝の三原高校。
校門をくぐり、昇降口へ向かういつもの通学路。
「ナオっ、おっはよぉ〜っ!」
校舎の入り口で待っていたナオを見つけるなり、英理は駆け寄った。
「ぶっ、ちょっ、英理!? どうしたん、そのテンション!」
「あんた、その顔……。昨日の『たんぽぽ』、大成功やったみたいやね!?」
ナオがニヤニヤしながら肩を小突く。
英理は少し照れくさそうにしながらも、隠しきれない笑顔で頷いた。
「で、どうやったん? 昨日の『たんぽぽ』……凪くんとは、ちゃんと仲直りできたん?」
ナオが身を乗り出す。
「うん……バッチリよ。もう、すっきりした!」
英理は嬉しそうに笑った。
「で、どうなん? その後、凪くんに男らしく『英理、俺の彼女になってくれ!』とか言われたん!? 告白の決定打、あったんか!?」
「聞いてよ、ナオ!」
英理は待ってましたとばかりに話し始めた。
「途中まではね、凪くん、すごく男らしかったんよ」
「真剣な顔で向き合ってくれて、あんなに一生懸命気持ち伝えてくれたんやもん」
「だから、うちも『あ、ここで来る!』って期待して、最後の一言を待っとったんよ」
英理は一度言葉を切る。
「そしたら、最後の最後に……『これからもよろしくお願いします』だって」
「友達に言うみたいに、爽やかに言われてさ」
「その瞬間、うちはもう……『はぁ〜っ!?』ってなって!」
英理は頭を抱える真似をしながら、楽しそうに笑った。
「なんかもう、彼氏とか彼女とかの枠、全部通り越してしまったわ! 緊張しすぎて余裕がなかったんか何なんか分からんけど、もう笑うしかなかったもん」
「あははっ! 凪くん、ほんまにどんだけ天然なん! 完璧なシチュエーション台無しやん!」
ナオの笑い声が教室に響き、英理も顔を赤らめながら笑った。
♢
それから時間はあっという間に過ぎ、放課後――。
二人は住宅街の坂道をゆっくりと下っていた。
「どこか、少し歩かへん?」
英理が尋ねると、凪は少し考えてから答えた。
「そうやな……風が気持ちええとこがええな」
「あ、それなら、この坂を下りきったところに大きな川があるんよ」
「『浦上川』って言うんだけど、夕方に行くとすごく綺麗で落ち着くんよね」
「へえ、浦上川か。行ってみよか」
♢
浦上川の河川敷。
二人は川沿いの手すりに寄りかかり、夕日を受けて光る川面をぼんやりと眺めていた。
「ねぇ、凪くん。前々からちょっと気になってたんやけど……」
「凪くんって、なんで高校に上がるタイミングで、関西から長崎のおばあちゃん家に一人で引っ越してきたん?」
一瞬、凪の体がわずかに強張った。
凪は遠くを見るような目をして、口元を結ぶ。
「……あ、ごめん!」
英理はすぐに言葉を続けた。
「変なこと聞いてもうたね。言いたくないことなら、無理に言わんでええよ」
凪は少しだけ肩の力を抜き、照れくさそうに頭を掻いた。
そして、目の前の景色へ視線を戻した。
「長崎の川は、なんか落ち着くな。空が広いわ」
「そう? 凪くんがいた街とは、やっぱり違うん?」
「ああ。全然違う。ここの風は、トゲがないわ」
英理は風に舞う黒髪をそっと押さえながら、凪の横顔を見る。
「英理、今度の休み、ばあちゃんが『英理さんも連れておいで』って言いよったんやけど、来れるか?」
「えっ、ほんまに?」
英理の顔がぱっと輝く。
「……おばあちゃん、うちが行ってもええん?」
「何を持っていったら喜んでくれるんかな」
凪はそんな英理を見て、少しだけ笑った。
「ばあちゃんも喜ぶと思うで」
「ほんと? じゃあ、何かちゃんと持っていかんとね!」
英理は嬉しそうに川面へ目を向けた。
そして、ふと凪の顔を見る。
「凪くん、今、めちゃくちゃええ顔しとるよ」
凪が少し驚いたように英理を見る。
「うち、今の凪くんが一番好き」
夕暮れに染まる浦上川のほとり。 二人は並んで歩き出した。
しばらく歩いたところで、凪がそっと手を差し出す。
英理はその手を見て、小さく笑った。
そして、二人は静かに手を繋いだ。
夕陽に照らされた川面が、二人の歩く道をゆっくりと赤く染めていた。




