第56話 【長門の決意と、鳴滝高校への道】
三原高校の昼休み。
教室で、英理とナオは並んで机を片付けていた。
「あ、そういえばナオ」
英理はふと、ナオの髪に視線を留めた。
「それ、新しいヘアアクセ? ……ていうか、髪からすっごい良い匂いする。何使ってるん?」
ナオは少し照れくさそうに、自分の毛先を指先でちょんちょんと触れた。
「これ? 実は昨日、お母さんに頼んで買い物行った時に買ったやつなんよ。香り、キツすぎんかと思って心配やったんやけど、英理にそう言ってもらえると安心したわ」
「全然キツくないよ! むしろ、すっごい清潔感あって、なんか甘いのに大人っぽいっていうか……私も今度、同じの買いに行こうかな」
英理が笑うと、ナオも嬉しそうに笑った。
二人は、昨日のことなど忘れたように、ファッションやメイクの話で盛り上がっていた。
♢
三原高校の校門前。
「おーい、二人とも!」
ナオの彼氏である長門が、校門の近くで待っていた。
「ちょうど良かった。今日さ、部活が早めに終わったから、みんなで『コロコロ堂のドーナツ』に行こうと思って。ドーナツ食いながら、ちょっと休憩せえへん?」
「いいやん、行こう!」
ナオが明るく答える。
長門が英理にも目を向けた。
「英理さんもどう?」
「ありがとう、長門くん。でも、今日は遠慮しとくね。二人で楽しんでおいでよ」
「えっ、でも英理……」
英理は優しく首を横に振った。
「本当に大丈夫。最近ちょっと考え事しててね。今日はゆっくり歩いて帰りたい気分なんよ」
「それに、ナオもせっかく長門くんと二人なんやから。私が邪魔したらあかんやろ?」
「じゃあね。また明日学校で!」
英理は二人に小さく手を振ると、少しだけ早足で校門を離れていった。
長門は、遠ざかっていく英理の背中を見送った。
「なぁ、ナオ。今の英理さん、なんか雰囲気変わったな」
「うん?」
「前より少し落ち着いてるっていうか……大人っぽくなった気がしたわ」
「うん……私もそう思う。あの子なりに、色々と考えとるんやろうね」
長門は少し迷うように口を開いた。
「あのさ、凪っていう奴とは……まだ仲直りしてへんの?」
「うん……分からん。今の私にも、もう何が正解なのか、二人がどうなりたいのか、全く分からへんのよ」
「そうか……」
長門はしばらく黙っていた。
「ナオ、ちょっとええか。ずっと言おうか迷ってたんやけど……俺、英理さんに謝りたいんよ」
「謝るって……どういうこと? 長門くんは何も悪くないよ」
「いや、違うんよ」
長門は首を横に振った。
「あの日、ダブルデートの案を出したのは俺や。よかれと思って誘ったんやけど……結果的に、二人の関係をややこしくしてしまった気がしてな」
「ナオと俺は、こうして仲良くできとるのに。ナオの親友である英理さんを、俺のせいで悲しませてしまったんやないかって、ずっと引っかかってたんや」
「……凪くんと、会わせてくれへんか?」
ナオが目を丸くする。
「英理さんに謝るだけやなくて、男同士として一度ちゃんと謝っておきたいんよ。俺のせいで二人の距離が遠くなったんやとしたら……少しでも、自分の中でケジメをつけたい」
ナオは長門の意外な申し出に、しばらく言葉を失った。
そのとき、和也と交わした約束が頭をよぎった。
――本人たちが話さない限り、こちらからは関与しない。
ナオは少し考えてから、口を開いた。
「……長門くん。そんなふうに考えてくれてたんやね」
「うん」
「凪くんに会いたいって気持ち、分かった。でも、彼も今は一人で向き合っとる最中やから……余計に傷つけてしまうかもしれんよ」
「それでもええ。それは俺の責任やから。ただ、一度だけ顔を見て、謝りたいんよ」
ナオは長門の顔をしばらく見つめた。
「……分かった。明日、放課後に一緒に行くよ。鳴滝高校の前まで。ただね、凪くんがどういう反応をするかは保証できないよ」
「分かっとる。それでも、ちゃんと謝りたいんや」




