第56話 【長門の決意と、鳴滝高校への道】
三原高校の昼休み、教室で、英理とナオは並んで机を片付けていた。
「あ、そういえばナオ」
英理はふと、ナオの髪に視線を留めた。
「それ、新しいヘアアクセ? …ていうか、髪からすっごい良い匂いする。何使ってるん?」
ナオは少し照れくさそうに、自分の毛先を指先でちょんちょんと触れた。
「これ? 実は昨日、お母さんに頼んで買い物行った時に買ったやつなんよ。香り、キツすぎんかと思って心配やったんやけど、英理にそう言ってもらえると安心したわ」
「全然キツくないよ! むしろ、すっごい清潔感あって、なんか甘いのに大人っぽいっていうか…私も今度、同じの買いに行こうかな」
英理がそう言って笑うと、ナオも嬉しそうに微笑んだ。
二人は、昨日のことや、これまでの重苦しい出来事を忘れたかのように、ファッションやメイク、香水の香りの話に花を咲かせた。
かつてのような何気ない日常の会話。
英理の表情には、無理に作った笑顔ではなく、自然な柔らかさが戻っていた。
ナオは、そんな英理の様子を心の奥で安堵しながら、他愛のない話題を重ねていく。
三原高校の校門前。
「おーい、二人とも!」
ナオの彼氏である長門が、校門の近くで待っていた。
「ちょうど良かった。今日さ、部活が早めに終わったから、みんなで『コロコロ堂のドーナツ』に行こうと思って。ドーナツ食いながら、ちょっと休憩せえへん?」
長門の提案に、ナオは明るく「いいやん、行こう!」
しかし、その誘いが英理に向けられた瞬間、三人の間に微妙な沈黙が流れた。
「ありがとう、長門くん。でも、今日は遠慮しとくね。二人で楽しんでおいでよ」
「えっ、でも英理…」
ナオが少し心配そうに英理の肩に触れようとしたが、英理は優しく首を横に振った。
「本当に大丈夫。最近ちょっと考え事しててね、ゆっくり歩いて帰りたい気分なんよ。ナオもせっかく長門くんと二人なんやから、邪魔したらあかんしね」
「じゃあね。また明日学校で!」
英理は二人に小さく手を振り、少しだけ早足で校門を離れた。
「…なぁ、ナオ。今の英理さん、なんか雰囲気変わったな。
以前より少し落ち着いてるっていうか、大人っぽくなった気がしたわ」
「うん…私もそう思う。あの子なりに、色々と考えとるんやろうね」
長門は少しだけ躊躇しながら、声を潜めて続けた。
「あのさ、凪っていう奴とは…まだ仲直りしてへんの? 」
「うん…わからん。今の私にも、もう何が正解なのか、二人がどうなりたいのか、全くわからへんのよ」
「そうか…」
「ナオ、ちょっとええか。ずっと言おうか迷ってたんやけど俺、英理さんに謝りたいんよ」
「謝るって…どういうこと? 長門くんは何も悪くないよ」
「いや、違うんよ。あの日、ダブルデートの案を出したのは俺や。よかれと思って誘ったんやけど、結果的に二人を追い詰めて、あんな気まずい思いをさせてしまった」
「ナオと俺は、こうして…仲良くできとるのに。
ナオの親友である英理さんを、俺の勝手な配慮で悲しませてしまった気がして、ずっと引っかかってたんや」
長門は真っ直ぐにナオの目を見つめ、意を決したように頼み込んできた。
「…凪くんと、会わせてくれへんか? 英理さんに対してやなくて、男同士として謝っておきたいんよ。
余計な世話かもしれないけど、俺のせいで二人の距離が遠くなったんだとしたら、それを少しでも清算したいんや」
ナオは長門の意外な申し出に驚き、少しの間、言葉を失った。長門がそこまで責任を感じている。
同時に、和也と交わした「本人たちが話さない限りこちらからは関与しない」という約束が頭をよぎる。
「…長門くん。そんなふうに考えてくれてたんやね。凪くに会いたいって気持ち、分かった。でも、彼も今は一人で向き合っとる最中やから…余計に傷つけてしまうかもしれんよ」
それでも引き下がりそうにない長門の真っ直ぐな瞳を見て、ナオは彼が真剣なのだと悟った。
「わかった。明日、放課後に一緒に行くよ。鳴滝高校の前まで…」
「ただね、凪くんがどういう反応をするかは保証できないよ。あの子、今は自分自身と戦っとる時期やから」
「それでもええ。それは俺の責任やから。ただ、一度だけ顔を見て、謝りたかったんよ」




