第54話 【たんぽぽの咲かない放課後】
放課後の喫茶「たんぽぽ」
窓際の席に座った和也は、何度も何度も入口のドアに視線を向けていた。
カラン、コロン。
ドアが開く音、和也はパッと顔を上げた。しかし、そこに立っていたのは、英理ではなくナオ一人だった。
「…ナオ一人か? 英理は?」
「…英理は、来れんかった」
ナオがようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「朝、話したんよ。…昨日の夜もずっと考えすぎて全然寝てないみたいでね。自分と凪くんの間には、どうしても埋められない溝がある気がするって」
「溝…?」
和也は、困惑をその顔に浮かべる。
「昨日の今日で、そんな簡単に諦められるものなのか。あいつら、そんな関係やったんか?」
「諦めたんやないと思う。
ただ、英理は意地悪な偶然やすれ違いばかり重なって、疲れ果ててしまったんよ」
「和也くん…凪くんは? どうしてここにいないの?」
和也は、目の前のアイスコーヒーをかき混ぜる手を止めた。
「…今日、叔母さんの付き添いやとかで学校休んどる。連絡しても電話に出んし…」
「それはしょうがないとして、あいつ、ほんまに情けない男やで。嫌なことから逃げ出して…。」
和也の言葉には、親友に対する歯痒さと失望が混じる。
「俺は、あいつがもっとしっかりして、英理のことを男としてどっしり引っ張っていってくれたらええと思っとったんよ。
昨日のことだってそうや。『彼氏です』なんて見知らぬ男に言われたくらいで、魂が抜けたみたいにオドオドして、何も言い返せずに逃げ出すなんて情けなさすぎるやろ。
裕介とかいう奴に振り回されんと、英理を信じて、堂々と『俺が好きなのは英理だ』って向き合えば済む話やのに。
それなのに一人で殻に閉じこもって、英理を待たせて、一体何がしたいんか」
和也は拳で軽くテーブルを叩いた。
「…英理も英理で、今朝はもう無理やなんて言うてた。でも、二人とも本当に不器用すぎるんよ。凪が逃げて、英理が諦めかけて…。
このままじゃ、本当に何もかもが終わってしまう」
「和也くん。凪くん、今どんな状態なんかな。本当に叔母さんの件だけやったらええんやけど…」
ナオはそんな和也の横顔をじっと見つめ、静かに、だが確固たる意志を込めて口を開いた。
「和也くん、もう私たちが間に入るのは、ここまでにしない?」
「どういう意味や」
「英理も凪くんも、二人とももう子供やない。
昨日のことだって、今日のこの結果だって、二人が自分自身で抱え込んで出した答えなんやと思う」
ナオは自分のカップを両手で包み込み、少しだけ声を柔らかくして続けた。
「もちろん、心配やよ。二人とも不器用やし。
でも、私たちがどれだけお膳立てしても、結局は当事者同士が向き合わなきゃ何も変わらん。」
和也はふっと肩の力を抜き、椅子の背にもたれかかった。
「…お前の言う通りかもしれんな。俺も凪と英理に、自分の理想を押し付けとっただけかもしれん」
「結局、今はただのくだらん誤解からくるすれ違いやからな。
英理だって、悲劇のヒロインぶって逃げとらんと、ちゃんと自分から凪に会いに行って説明せんとあかんのよ。
あいつら二人とも、考えすぎて、拗ねて逃げとるだけなんやから」
「そうね。だから、もう私たちが焦るのやめよう。二人の時間は二人のものよ」
二人は、もはや解決策を探すことをやめ。
ただ、二人の親友を信じて、静かに待つことに決めた。




