第54話 【たんぽぽの咲かない放課後】
放課後の喫茶「たんぽぽ」。
窓際の席に座った和也は、何度も入口のドアへ視線を向けていた。
カラン、コロン。
ドアが開く音に、和也はパッと顔を上げた。
しかし、そこに立っていたのは英理ではなく、ナオ一人だった。
「ナオ一人か? 英理は?」
「英理は、来れんかった」
「朝、話したんよ。……昨日の夜もずっと考えすぎて、全然寝てないみたいでね。自分と凪くんの間には、どうしても埋められない溝がある気がするって」
「溝……?」
「昨日の今日で、そんな簡単に諦められるものなのか。あいつら、そんな関係やったんか?」
「諦めたんやないと思う。ただ、英理は意地悪な偶然やすれ違いばかり重なって、疲れ果ててしまったんよ」
「和也くん……凪くんは? どうしてここにいないの?」
和也は、目の前のアイスコーヒーをかき混ぜる手を止めた。
「今日、叔母さんの付き添いやとかで学校休んどる。連絡しても電話に出んし……」
「それはしょうがないとしても、あいつ、ほんまに情けない男やで。嫌なことから逃げ出して……」
「俺は、あいつがもっとしっかりして、英理のことを男としてどっしり引っ張っていってくれたらええと思っとったんよ」
和也は、昨日の凪の姿を思い出す。
「昨日のことだってそうや。『彼氏です』なんて見知らぬ男に言われたくらいで、何も言い返せずに逃げ出すなんて情けなさすぎるやろ」
「裕介とかいう奴に振り回されんと、英理を信じて、堂々と『俺が好きなのは英理だ』って向き合えば済む話やのに」
和也は拳を軽く握った。
「それなのに一人で逃げて、英理を待たせて……一体何がしたいんか」
「和也くん」
「英理も英理で、今朝はもう無理やなんて言うてた。でも、二人とも本当に不器用すぎるんよ。凪が逃げて、英理が諦めかけて……このままじゃ、本当に何もかも終わってしまう」
「……凪くん、今どんな状態なんかな」
ナオは心配そうに和也を見る。
「本当に叔母さんの件だけやったらええんやけど……」
「和也くん。もう私たちが間に入るのは、ここまでにしない?」
「どういう意味や?」
「英理も凪くんも、二人とももう子供やない」
ナオは自分のカップを両手で包み込んだ。
「昨日のことだって、今日のこの結果だって、二人が自分自身で抱え込んで出した答えなんやと思う」
「もちろん、心配やよ。二人とも不器用やし。でも、私たちがどれだけお膳立てしても、結局は当事者同士が向き合わなきゃ、何も変わらん」
和也は椅子の背にもたれ、しばらく黙っていた。
「お前の言う通りかもしれんな。俺も凪と英理に、自分の理想を押し付けとっただけかもしれん」
「結局、今はただのくだらん誤解からくるすれ違いやからな」
「英理だって、悲劇のヒロインぶって逃げとらんと、ちゃんと自分から凪に会いに行って説明せんとあかんのよ。あいつら二人とも、考えすぎて、拗ねて逃げとるだけなんやから」
「そうね」
「だから、もう私たちが焦るのやめよう。二人の時間は二人のものよ」
和也も黙って頷いた。
あとは、凪と英理自身が向き合うしかない。
二人は、それぞれの親友を信じて、静かに待つことにした。




