第53話 【恋の疲弊】
翌日、鳴滝高校。
一時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。
それでも、凪の姿はなかった。
「遅刻か?」
和也は気になって、足早に職員室へ向かった。
「先生、すみません。凪なんですけど、今日来てないみたいで。何か連絡入ってますか?」
「ああ、凪か。今朝、本人から連絡があったよ。叔母さんの体調が良くなくて、病院に付き添うから休むそうだ」
「叔母さん、体調崩されたんですか。分かりました、ありがとうございます」
「まあ、そういう事情だ。何か急用でもあったんか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
職員室を出た和也は、廊下で足を止めた。
「はぁ、マジか……」
♢
三原高校の教室。
英理はナオの机の前に立ち、昨日の出来事を思い出していた。
「ナオ。おはよう。あの、昨日は本当にごめん」
ナオは朝のホームルームの準備の手を止め、英理を見上げた。
「英理、おはよう。急にどうしたん、そんな神妙な顔して」
「昨日……せっかく長門くんとの初デートやったのに。私のせいで、台無しにしてしまった。楽しいはずの時間を、あんな嫌な空気に変えてしまって、本当に、ごめん」
ナオは一瞬だけ呆れたような顔をしたが、英理の肩に優しく手を置いた。
「そんなこと、気にせんでええよ。朝から何言うとるん」
「でも……」
「でも、やないよ」
ナオは英理をまっすぐ見た。
「そりゃ、デートが終わったのは残念やけど。でも、友達が今にも壊れそうになっとる時に、自分のこと優先できるほど、私、冷たい人間やないって」
英理は昨夜ほとんど眠れなかったのか、表情が硬かった。
「ナオ……昨日の夜、ずっと一人で考えとったんよ。凪くんのこと」
ナオは何も言わず、英理の言葉を待った。
「私、今日の放課後、喫茶『たんぽぽ』には行かない……行けんわ」
「凪くんと私って、何かが根本からすれ違っとる気がするんよ」
英理は、自分の中に溜まっていた言葉を一つずつ話し始めた。
「好きなんよ。それは本当。でも、お互い上手く言葉にできんし、何より……こうやって付き合っていくの、上手くいかん気がしてきた」
英理は窓の外へ視線を向けた。
「確かに昨日は、私があんなにはしゃいでしまったのも悪かった。でも、気持ちのズレだけやなくて、なんて言うか……運命に邪魔されとる気がするんよ」
「私が楽しもうとすればするほど、いつも変なタイミングで邪魔が入ったり、意地悪な偶然ばかり重なってすれ違ってしまう」
「周りにも迷惑をかけて……もう、疲れちゃったんかも」
「本当は、昨日の裕介くんみたいに、何も考えずにただ笑い合って、普通の恋愛がしたいなって」
英理はナオの顔を見つめた。
「……凪くんとは、それができんのよ。凪のことは大好きなのに、運命に『二人はいかん』って言われとる気がして……私、もう無理かもしれん」
ナオは英理の手を離さず、しっかりと握った。
「英理。そんなふうに言わんといて」
「あんた、昨日の夜もずっと考えすぎて、全然寝てないやろ? 顔色も悪いし」
「……」
「あんたがどれだけ凪くんを想って、どれだけ自分を責めてきたか、私は一番知っとるつもりよ」
「今は昨日のことで、心も頭もいっぱいになっとるだけやと思う。だから、今日すぐ答えを出さんでもええんよ」
英理は黙ったまま、ナオの手を握り返した。




