第50話 【交差する現実逃避】
(ちょっと待て、アカン!! 英理、それだけは絶対にアカンって!!!)
ナオの脳内で、緊急警報が鳴り響く。
「あ、英理っ! ちょっと待って! 注文なら長門くんに頼むとか、うちが行くけん、」
「いいのいいの! ナオ、心配してくれてありがと! 今日はチートデーやけん、ダイエットのことは気にせんと開き直って食べるって決めたとよ! 裕介くん、待ってー!」
「お、おう、しっかり食おうや!」
そう言って、お互いに笑い合いながら楽しげに進む英理と裕介。
その視線の先、レジの列のすぐそこには、同じく並ぼうとしている凪の後ろ姿があった。
「…あ」
隣の長門が
「ナオ? 顔色真っ青だけど、どうしたん?」
と心配そうに顔を覗き込んでいる、
(…終わったばい。完全に、最悪の結末や…)
ナオはゆっくりと天を仰いだ。
♢
先にレジカウンターへと到着した和也と凪は、カウンターの前に立ち、少し上を見上げながらメニューを選び始めた。
その後ろに、まだ二人の存在に全く気づいていない英理と裕介が並ぶ。
(もうこうなったら、うちが盾になるしかない!)
ナオは「これは駄目ばい!」とガタッと席を立ち、猛烈なダッシュで英理と裕介のすぐ後ろにピタリと並んだ。
もし凪と和也が不意に振り向いた時、少しでも英理の姿を隠すか、あるいはその場で言い訳をぶちかまして最悪の事態を阻止する、非常事態シフトをとる。
和也と凪は、周りを見渡せば、男女のグループが楽しそうに笑い声を響かせて盛り上がっている。
「なんか今日、うちら場違いじゃなかったかね?」
「ほうかもね」
すると、凪が、ポツリと呟やく。
「和也、俺やっぱ、てりたまやめてビッグマックにしよかな…迷ってきたわ」
「えぇ? ここまで来て変えるん?」
そのすぐ後ろで並んでいた、裕介が、じりじりとした空気感を凪たちの背中に向け始める。
「あー、はよてりたま食べたいな。前のやつら、何迷っとっとやろ」
裕介は少し苛立ち気味に、前の二人の背中へ無言のプレッシャーをかける。
「あはは、裕介くん食いしん坊やね! でも、うちも早く食べたい!」
「おい、てりたま売り切れたりせんよな?」
「そんなわけないやん!」
その声と、背後から突き刺さる「早く注文しろよ」という無言のプレッシャーを、凪と和也はビンビンに感じる。
(あんたら何言っとっとよ…!!)
すぐ後ろに張り付いていたナオは心の中で猛烈に叫ぶ。
(英理、あんた目の前におる人が誰か分かっとっと!? 自分の実のお兄ちゃんと、あんたが大好きな人(凪くん)ばい!! よりによってその二人に『早く注文しろ』って、二人して無言のプレッシャーかけとるとよ、)
「和也、もう先に、後ろのうるさいカップルに選んでもらおうや。俺まだ迷ってるし」
和也も「そうやな」
「後ろのバカカップルがさっきからうるさいけん、そうしようや」
凪は意を決して、後ろのペアに順番を譲るために、ゆっくりと振り返り。
「すいません、僕らまだ決まってへんので、先にどうぞ!」
「よっしゃ! 英理、はよてりたま注文せんと売り切れんぞ! マックフルーリーやろ!?」
「うん、そう!」
裕介と英理は、振り返った凪と和也の二人を「あ、すいませーん」と強引にかき分け、そのままカウンターの前へとぐいっと割り込む。
その瞬間。
カウンターの真ん前で、英理と凪の視線が、至近距離でバチィッと真っ正面から交差する。
「…え?」
「…あ」
時間が止まったかのように、二人の動きが完全にフリーズ。
「え、あ…あ、英理?」
あまりの衝撃に、凪の口から思わずその名前がこぼれ落ちた。
(いや、ちゃう。ちゃうわ! あんなに上品で優しい英理が、さっきから後ろで『はよしろ』ってガンガンにプレッシャーかけてきてた、このうるさいバカカップルの女の子なわけがない…!!)
凪が現実を認められず激しく脳内パニックを起こしている、まさにその時。
隣の裕介が、全く空気を読まずに声を張り上げた。
「おい、英理! マックフルーリーとポテトでええんよね!?」
さらに、英理を自分の方へ引き寄せるようにして、凪を胡散臭そうに見つめ返す。
「なんすか? 目の前のこの人が、どうかしたと?」
裕介の口からハッキリと放たれた「英理」という名前。
凪はすがるような、けれど怯えるような目で、目の前の少女を見つめる。
「…あの、またぁ、英理さん…ですか?」
すぐ後ろに張り付いていたナオは、あまりの恐怖に血の気が引きすぎて、幽体離脱しそうなほどの衝撃を受けていた。
(ちょ、裕介ーーーっ!!! 特大の燃料投下すな!!! バカ、大バカ!!! なんでそこで『英理』って大声で呼ぶとよ!! しかも凪くんも凪くんで、何が『またぁ、英理さんですか?』よ!! パニくりすぎて敬語混じりのわけわからん日本語になっとるばい!!!)
ナオは心の中で髪の毛をむしり取りたい衝動に駆られていた。
裕介の無自覚な一言と、凪の限界突破した混乱。
「…え、あ…」
凪から「英理さんですか?」と問いかけられた英理は、完全に金縛りにあったように動けない。
目の前にいるのは、紛れもなく凪だ。
しかし、今の英理のキャパシティは完全に限界を迎えた。
(え…? なんで? なんで凪くんがここに居ると…?)
(だって…うちからのマックのお誘い、『用事があるけん無理』って断った凪くんが、ここに居るわけないやん!!)
しかも自分は今、裕介と「楽しそうな男女ペア」として肩を並べている、
(いや、違う。違うわ! )
英理の脳内でも、凪と全く同じ「強力な現実拒否」




