第43話 【キューピッド】
放課後を告げるチャイムが鳴り響く、夕暮れ時の体育館横。
ナオと長門は少し離れて向かい合っていた。
周囲に他の生徒の姿はなく、まさに二人きりで話すには絶好のロケーション。
告白への返事をするため、ナオは緊張で心臓がバクバクしていた。
長門もまた、ごくりと唾を飲み込んでナオの言葉を待っている。
「なぁ、ナオ。あのさ」
「う、うん。えっと、長門くん」
二人がいよいよ本題に入ろうとした、その瞬間。
二人のちょうど真横、距離にしてわずか数十センチの場所に、当然のように英理がいた。
英理は「恋のキューピッド」としての使命感で、ナオのことが心配で心配でしょうがなかった。
結果として、二人のすぐ横にぴったりと並び、目をキラキラと輝かせながら、息を詰めて二人を見守るという奇妙なフォーメーションとなっていた。
(近っ…!! というか、なんで真横に並んどるんよ!?)
あまりにも近すぎる「見守り」に耐えかねたナオは、ついに長門に向けてパッと右手を突き出した。
「あ、ちょっと待って! 長門くん、ごめん、一回ストップ!」
「えっ? あ、うん、わかった」
ナオはすぐさま横を向き、仁王立ちで英理を睨みつける。
「ちょっと英理! あんた、なんでそこに普通に混ざっとるんよ! 近い! 距離感が近すぎるけん!」
「ええっ? だって私、ナオがちゃんと告白の返事できるか心配で…。キューピッドだから、最後まで見届けんと!」
英理は本気で不思議そうに首を傾げている。その一切悪気のない天然っぷりに、ナオは頭を抱える。
「見届けんでええわ! キューピッドは普通、物陰からこっそり見守るもんやろ!? なんで当事者より堂々と横におるんね!」
ナオが顔を真っ赤にしてツッコミを入れると、後ろで長門がおもわず吹き出した。
「もう英理、お願いやけん、あっちの校舎の陰に隠れといて!」
「え~、つまんないの。じゃあ、あそこから応援しとるけんね!」
英理は名残惜しそうにしながらも、ようやくトボトボと柱の陰へと移動した。
そこからもガッツポーズを作って二人を煽っている。
「はぁ。ごめんね、長門くん。うちの親友、本当に加減を知らんのよ」
「ううん、ええよ。神之浦さんのおかげで、ちょっと緊張が解けたわ」
「もーーっ、あいつは本当に!」
ナオは柱の陰から熱い視線を送ってくる英理をもう一度だけ睨みつけると、
「長門くん!」
「う、うん!」
突然大声で名前を呼ばれ、長門がビクッと背筋を伸ばす。
「返事。うち、長門くんが言ってくれたこと、めちゃくちゃ嬉しかったんよ」
「ナオ…」
「でもな、うち、自分でも分からんのよ。男勝りだし、口は悪いし、可愛げだって全然ないやろ? 今日だって、英理の暴走に巻き込んで長門くに迷惑かけてばっかりだし。
本当に、うちの、こんな私のどこがええんか、全然わからんのだけどっ」
ナオはぎゅっと自分のスカートの裾を握りしめ、少し声を震わせながら、それでもはっきりと告げる。
「…でも、長門くんが、そんなうちのことを『好き』って言ってくれたから。
うちも、長門くんのこと、もっとちゃんと知りたいって思った。
…やけん、うちで良ければ、よろしくお願いします!」
言い切ると同時に、ナオは勢いよく頭を下げた。
数メートル先からは、柱の陰で両手を口元に当てて「きゃーっ!」と声を殺して大興奮している英理の姿が見えた。
ナオが勢いよく頭を下げたまま、返事を待っているその瞬間。
「やったあぁぁぁ!」
数メートル離れた柱の陰で、限界まで息を潜めていた英理、ナオの返事が終わったと確信した彼女は、
「おめでとうーー!」
勢いよく飛び出す。
しかし、その瞬間だった。
長門がゆっくりとナオの前に進み出ると、大きな右手をナオの前に差し出した。
「ナオ、ありがとう。俺はナオのことが好きなんよ。
これから、よろしくな」
「…うん。こちらこそ、よろしく」
その瞬間、二人の間に流れる空気がガラリと変わった。
「わ、わわわっ…!?」
突進しかけていた英理は、その甘い雰囲気といきなり触れ合った二人の姿に、大慌てで急ブレーキをかけた。
(ちょっ、ちょっと待って…! 私、入るタイミング完全に失ったよね!?)
あたふたと足元を震わせながら、英理大慌てで近くの柱の陰へと引っ込んだ。
(う、嘘…! 手の次は…もしかして、いきなり抱き合ったりするんと!? どうしよう、私、そこまで心の準備しとらんよっ! 見ててええんとこれ!?)
恥ずかしさのあまり目を塞ぐ英理。
「…あのさ、ナオ」
長門が繋いでいない方の手で少し照れくさそうに首の後ろをかきながら、優しく微笑みかけ。
「今から…一緒に帰らん? 荷物、教室に取りに行ってからでええけん」
「…っ、うん。一緒に帰る」
ナオは恥ずかしさに顔を火照らせながらも、今度は視線を逸らさずにしっかりと頷いた。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
二人は並んで歩き出し、そのままゆっくりと校舎の方へ向かって歩いていく。
その姿は、絵に描いたような恋人同士そのものだった。そのまま二人は、光の差し込む校舎の影へと吸い込まれるように消えていった。
…そう、二人の世界から、恋のキューピッド(自称)の存在は完全に消え去っていた。
「え、ちょっと?」
柱の陰で「抱き合うの!? どうなの!?」と一人で悶絶していた英理は、ふと静まり返った空気に気づいて顔を上げた。
そこには、誰もいなかった。
あるのは、夕日に照らされた誰もいない地面だけ。
「う、嘘…。私を置いて、二人で行っちゃった?」
英理は柱の陰から完全に這い出ると、誰もいない校舎への道を呆然と見つめた。
今や広い学校の敷地内にポツンと一人。
「ナ、ナオの薄情者ーー! 長門くんのバカーー! 私、一応キューピッドなんだけどーー!?」




