第41話 【サプライズじゃないの】
翌日の鳴滝高校。校内の空気はどこか重い。
「凪、顔…大丈夫と? 昨日のこと、英理から聞いたよ」
凪は少し気まずそうに目を逸らした。
「…その話か。もう終わったことやから、もうええよ」
和也はさらに、少し声を潜めて話す。
「…ナオの方はどうと? 顔、ひどかったっちゃろ?」
凪の表情が、和也の問いで少し痛ましげに陰った。
「ああ…やっぱり頬が少し腫れてもうててな。
俺たちの揉め事に巻き込んでしもうたし、あいつに痛い思いさせて本当に申し訳ないわ。今日もずっと心配で…」
凪はふっと息をつくと、制服のポケットから携帯を取り出し、画面に目を落とした。
「今日の放課後、英理と会う約束をしとるんよ。
三原高校の近くまで、俺が迎えに行くってメールしたところや。
ナオの様子も直接聞きたいし、英理の顔見てちゃんと話したくてな」
「そっか。英理も昨日の今日で心配しとるやろうし、ちゃんと顔見て話してきた方がよかよ」
和也が深く頷くと、凪は携帯をポケットにしまい、真剣な眼差しで和也を見据えた。
「…なあ和也。タカミの件、俺の代わりに任せてもええか?
あいつは今、俺のことが相当嫌いだろうしな。
俺が行くと、火に油を注ぐようなもんやと思うんよ」
凪の静かな願いに、和也は深い溜息をつき!
「わかった。お前がそこまで言うんなら、俺がタカミのところに行って話つけてくるよ。…ただ、これ以上お前一人で背負い込まんでよ」…
放課後、西日に照らされた三原高、校門の前、
英理とナオの二人が姿を見せると、凪は真っ直ぐに彼女たちへと歩み寄る。
ナオはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、凪をからかった。
「あれ〜? もしかして凪くん、うちの顔の腫れが心配で、わざわざ迎えに来てくれたんと?」
凪は眉を下げて苦笑し、少し気まずそうに頭をかいた。
「まあ、そんなところかな。心配やったし」
その素直な返答を聞いた瞬間、英理の表情が一瞬で曇った。
「あっそ。私には特に用事なさそうだね。それなら、もう先に帰るよ」
英理はふいっと背中を向け足早に帰ろうとする。
あからさまに拗ねているその姿に、凪は慌てて「ちょっ、英理! 待って、そんなつもりやない!」と追いかけた。
数メートル先で英理の手首を掴もうとすると、英理は凪の顔も見ずに、ツンとした態度で振り返る。
「…ナオから聞いたよ。昨日、告白したっちゃろ?」
「はぁ? 何のこと、何の話をしとるんや!」
「しらばっくれんで! 全部ナオから聞いたっちゃけん。私の大事な友達のこと、そんな目で見てたと?告白前みたいなムード作ったけん!」
英理の怒りと悲しみが混じった言葉に、凪は血の気が引く思いで、校門の方でクスクスと笑うナオの方を振り返った。
「嘘やろ…! ナオ、あれほど説明したのに!」
凪は青ざめながら修羅場の予感に、凪の背中を冷や汗が流れる。
「英理、違うんよ、あの時ナオが変なツッコミいれてくるから、パニックになったんよ!」
凪は頭を抱え、思わず声が漏れた。
「ナオのバカが。あいつ、わざと英理を焚き付けやがったな」
その呟きを逃さず、ナオがぴょこんと顔を出して鋭く反応する。
「はぁ!? あんた今、またうちのことバカって言ったよね!?」
さらに追い打ちをかけるように、英理が凪をキッと睨みつけた。
「凪くん、今小さい声でナオのことバカって酷いこと言ったよね?
私の前で、私の大事な友達をバカにするなんて、本当最低!」
「なっ、違う! それは!」
「はぁ!? またうちのことバカって! あんた、昨日は『大事な仲間』とかぬかしとったくせに、本音はそれなんか!
英理の前でうちを悪者にして、自分のミスをごまかそうとしとるんやろ!?」
ナオは怒りで顔を赤くし、凪を指差して声を荒らげた。
「あんたが昨日のこと余計なニュアンスで伝えたけんこうなっとるっちゃろうが!
本当、最低のポンコツやね!」
完全に袋小路に追い込まれた凪、二人から浴びせられる殺気立つ視線。
「ちょっと待て! 英理、ナオ、二人ともどうしたんや、えらい機嫌が悪そうやけど、一旦落ち着いてくれ!」
凪の必死の訴えも虚しく、英理は呆れたように視線を逸らした。
「機嫌が悪そう、じゃないよ! 凪くん、私ね、今日会えるの楽しみにしてたんだよ?
サプライズ的に会いに来てくれたんかと思ったら、ナオの怪我が心配だからって。
普通、まずは『英理に会いたくて来た』って言うのが筋じゃない!?他の女の子の怪我の方が大事なんだね!」
「そ、そんなつもりやないんよ、英理! 違うんや、二人とも大事なんや!」
「私の目の前で『二人とも大事』なんて言う男、ありえんよ! 自分の彼女………っ、わ、私を一番に大切にできないなんて、もう、凪くんのことなんか知らない!」
「うっ…! 違っ、そうじゃなくて!」
英理の冷ややかな言葉と、ナオの鋭い視線。
完全にテンパった。凪は思わず大声を張り上げてしまった。
「ち、違うんよ!! 俺がナオに恋愛感情なんか持つわけないやろ!!
だってナオには…ナオには密かに彼氏がおるんやからな!!」
「〜〜〜っっっ!?」
夕暮れの校門前に、響き渡る叫び声。
一瞬にして、その場の時間がピタリと止まった。
英理は目を見開いたまま固まり、ゆっくりとナオの方へ首を向けた。
「…え? ナオ…彼氏…おっと…?」
ナオの顔から一瞬で余裕が消え去り、凪に向かって狂鬼のごとき様相になり。
「凪のバカーーーっ!! 口止めしたやろがーっ!!」
一瞬にして、その場の時間がピタリと止まる。
「はあぁ〜〜〜〜!? なんなんとそれ!?」
「……え?」
「……は?」
英理はぷりぷりと怒りに頬を膨らませた。
「凪くん、それってどういう意味!? 『ナオには彼氏がおるかもしれんけん諦める』とでも言いたいと!? だから私の前でわざとらしく喧嘩して、ナオの反応伺っとったとね!?」
「なっ……!?」
英理は完全にスイッチが入った。
「なんでっ……なんで私が、二人(凪とナオ)の仲を取り持つキューピッドみたいな真似させられなきゃいかんとよーーっ!?」
「「キューピッド……!?」」
凪とナオの声が綺麗にハモった。
私、二人をくっつけるための仲介役じゃなかとよ! 二人の甘酸っぱい探り合いに巻き込まんといて!!」
「……」
「……」
校門前に、恐ろしいほどの静寂が訪れた。
凪は開いた口が塞がらないまま、隣のナオを見る。
ナオもまた、絶句した顔で凪を見返した。
(いや、彼氏のこと一切バレてないのは助かったけど)
(英理の脳内、一体どういう構造になっとると?)
「はぁ。もう、バカバカしくなってきた」
「勝手に一人で探り合いでも何でもすればええやん。私ば巻き込まんでよ」
英理が冷ややかな視線を投げかけた。
ナオは(彼氏の件が奇跡的に誤魔化せたことに胸を撫で下ろしつつ)すかさず英理の腕に抱きついた。
「そうよ英理! もう、凪くんなんかほっといて帰ろ!」
「ちょ、ナオ!?」
「凪くんの自爆に付き合っとったら日が暮れるわ。行こ、英理!」
ナオは一度も振り向くことなく、英理の腕を引っ張ってフンッと鼻を鳴らし、すたすたと歩き出してしまった。英理も「本当呆れた……」とつぶやきながら、二人で仲良く夕暮れの中帰って行く。
「あ、おい! ちょっと待てって! 俺を置いて行くな!」
「マジかよ」
一人夕日の中にポツンと取り残された凪は、深いため息をつき、ふと我に返って周囲を見回した。
すれ違う生徒から「あいつ誰?」と言いたげな視線を向けられていた。




