第37話 【部外者は誰もいない】
「そうだよ。だから、今は俺が動かない方がいい。
英理が戻ってくるまでは、こうやって二人で話して待っていよう。」
タカミはふいに足を止め、カフェコーナーの方へ視線を走らせた。
そこには先ほど追い払うようにして別れた英理の友達が、確かに凪の正面に座っているのが見えた。
「なるほどな。あいつ、あそこで待ち構えとったんか」
彼はナオたちが座る席から視線を外さず、英理に向き直った。
「なあ英理、あっちで話そうや。立ち話もなんやし」
「えっ、でも、?」
英理が困惑して断るが、タカミは構わず歩き出した。
「大丈夫よ。離れた席に座るけん、邪魔はせんよ。
なあ、それとも何? あいつの顔を見て話すのがそんなに嫌なんか?」
タカミが選んだ席は、凪たちから離れた場所ではなかった。
むしろ、凪の視界のど真ん中、背中越しや斜めからでも二人の様子がはっきりと見える、特等席のような場所だった。
タカミはわざとらしく椅子を引き、凪たちの方を一度挑発的に盗み見てから英理を座らせた。
「ここならお互い落ち着いて話せるやろ? 英理も、ここでなら俺の話、ちゃんと聞いてくれるよな?」
ナオは、は信じられないといった様子で、対面に座る凪に顔を寄せる。
「凪くん、あんたどうするの? 英理とまだ正式に付き合ってるわけじゃないかもしれないけど、ほぼ彼女みたいなもんじゃん。
それなのに、目の前でこれ見よがしに挑発してるよ? 私なら絶対黙っていられないわ」
ナオの憤りとは対照的に、凪は驚くほど穏やかな表情でコーヒーのカップを置いた。
「俺は、英理を信じてるから。
あいつがタカミの言うことに流されるような子じゃないって知ってるし。俺は大丈夫だよ、ナオ」
その言葉を聞いた瞬間。
あまりの落ち着き払った態度に、ナオは思わず声を張り上げてしまった。
「えっ…嘘、あんたすごい成長したね! なんか急に男らしくなったんじゃない?」
「…おぉう、そうかな?」
ナオの弾むような笑い声と、凪の照れたような返答が、静かなカフェコーナーの空間に響き渡る。
その楽しげなやり取りは、数メートル離れたタカミたちの耳にもはっきりと届いた。
タカミの表情は一気に険しくなり、不機嫌を通り越して露骨に苛立ちを露わにした。
「あいつら、何楽しそうに喋っとるとや。仲がいいんか知らんけど、うるさいわ。気が散る」
ナオはニヤリと口角を上げると、わざと声を張り上げ、英理たちにも届くようなトーンで凪に話し出す。
「おい男前! …まぁ、顔のことじゃないから勘違いしないでね。
でも、今のあんたなら英理のこと、安心して見ていられるわ。前みたいにすぐパニックにならないし、肝が据わってるね」
その言葉はしっかり英理の耳にも届いた。
英理はタカミとの会話をそっちのけで、思わず凪のほうをチラチラと見てしまい、頬を紅潮させる。
たまらなくなった英理は、タカミを残したままナオたちの席へ歩み寄り、ナオの肩をぺちりと叩いた。
「ナオ…さっきから全部聞こえとるけん。凪くんをそんなにからかわんで」
英理が恥ずかしさに耐えかねて口を尖らせたその時、背後から不快な声が飛んできた。
「おい、英理の友達か知らんけども。さっきから声がデカいんと、黙ってくれんか?」
凪は静かに目を細める。
だが、ナオの堪忍袋の緒が切れた。彼女は立ち上がると、一歩も引かずにタカミを睨み返した。
「はぁ? あんた誰に向かって言ってるの? そもそも、わざわざ近くに来て白々しく座ってるのはそっちでしょ。英理が迷惑してるの、あんただけ気づいてないの?」
「俺は英理と話があるって言っとるとや。お前らみたいな部外者が割って入るなよ」
「部外者? 英理の友達として言うけど、あんたのその自分勝手な理屈、聞いてるこっちが恥ずかしいわ!」
凪は拳を握りしめたい衝動を必死にこらえながら、しかし微塵も動揺を見せずに一歩前へ出た。
「タカミ。ナオに当たるな」
凪は真っ直ぐにタカミを見据えて言い放った。
「タカミ、英理に話があるんなら早くしてくれ。
俺も英理と話したいことがあるから。
今日はお前より先に、ここで待ち合わせをしとったんや」
凪の言葉には、揺るぎない正当性と自信がこもっていた。
タカミの表情から余裕が消え、苛立ちが濃くなる。凪は畳み掛けるように続けた。
「それと、ナオは英理の大切な友達や。英理の事を本当に大切に思うんなら、英理が大切にしとる友達に対して失礼な言い方はやめてくれんか。
俺らは部外者どころか、英理にとっての大切な仲間やからな」




