第35話 【空気読まなさ過ぎじゃない】
放課後の三原高校前。
英理と友人のナオは並んで歩いていた。
先日、凪が家に遊びに来てくれたこと、そして「タカミ」が突然押しかけてきて場の雰囲気を壊していったことを英理から聞いたナオは、タカミの存在すら初耳だったた、どこか他人事のように冷めた調子で言い放った。
「ふぅん…そのタカミくんって人、なんか面倒くさいね。
人の家に押しかけて勝手に熱くなるとか、ちょっと引くわ」
「…う、うん。タカミくんは昔からの幼馴染なんだけど、私の態度が曖昧だったのも良くなかったけん」
英理は苦笑いを浮かべつつも、ぎゅっと鞄の紐を握りしめた。
「…でね、今日この後、凪くんとミライモールのフタバブックスで待ち合わせしとるとよ。ちょっと大事な話があるけん」
「大事な話って、そのタカミくんとのことも含めて?」
「うん。お母さんからも『幼馴染だからこそ、自分の気持ちを曖昧にせず答えを出しなさい』って言われて…。だから今日、凪くんとちゃんと話して、自分の気持ちを伝えるつもり。
タカミくんにも、近いうちにちゃんとお断りする…」
「そっか。英理がそこまで覚悟決めとるなら、私は応援するよ! 凪くんと、しっかり話しておいでね」
「ありがとう、ナオちゃん」
ナオの言葉に背中を押され、英理は小さく、けれど力強く頷いた。
二人が校門をくぐろうとしたその時、門の脇に立っていた人影がゆっくりと歩み寄ってきた。
「英理」
驚いて顔を上げると、そこにはポケットに手を突っ込み、待ち構えていたタカミの姿があった。
「タカミくん? え、なんでここに?」
英理が困惑して問いかけた。
隣にいたナオは、突然現れた見慣れない男子の登場に目を丸くし、英理の袖を軽く引きながら小声で尋ねる。
「ねえ英理、この人誰? タカミくんって…あの幼馴染の人?」
ナオは怪訝そうな視線でタカミを観察する。
「英理、ちょっといいか? 今から話がしたいんよ。昨日のことの続き、ちゃんとせんと気が済まんとよ」
英理は困惑を隠せないまま、精一杯の愛想笑いを浮かべて首を振った。
「タカミくん、ごめんね。今から本当に大事な用事があるんと。やから、また別の機会に」
タカミはまるで英理の言葉など最初から聞こえていないかのように、爽やかな笑顔で言い放った。
「用事? 大丈夫、わかっとるよ。俺も一緒に行くけん。英理の用事なら、俺も手伝ってやりたいしな」
タカミは当たり前のように英理の歩調に合わせようと距離を詰めてくる。
その強引さに、隣にいたナオは眉をひそめ、あからさまに不快感を露わにした。
(えっ、なにこの人。ちょっと空気読まなすぎじゃない?)
ナオは英理を見つめ、無言で「誰これ? 本当に幼馴染なの?」と目で訴えかける。
英理は心臓が早鐘を打つのを感じていた。今から凪と会うというのに、タカミがついてきたらどうなってしまうのか。
凪にだけは、絶対に嫌な思いをさせたくない。
英理は必死に頭を巡らせる。
「タカミくん、本当に用事なんよ。二人で大事な話をせんといかんの。だから、本当に無理なん!」
英理は声を少し強め、タカミの歩みを止めようとした。
「二人で大事な話? 誰とだよ。まさか、凪か? まあいいやん、俺も一緒におってやればいいだけやろ」
タカミのその言葉に、英理は背筋が凍るような感覚を感じた。
ナオは一瞬で空気を察した。英理ほどの美貌を持つ親友の周りには、時折こうした「独占欲の強い男」が現れる。
今の英理の困り果てた表情と、このタカミという男の強引さを見て、ナオの脳裏には警報が鳴り響いた。
「分かった。少しなら時間あるから、どんな話?」
英理がなんとかその場を収めようと折れると、タカミは待ってましたとばかりに顔を輝かせた。
「そうか! 良かった。ほな、今から近くのマックに行こう。ゆっくり話したいんよ」
「えっマック? ごめん、そこまでは時間取れんと。立ち話くらいなら、と思ったんよ」
英理が慌てて断るが、タカミは一歩も引かない。
「じゃあ、英理の用事に付き合うから。そこで話せばいいだろ?」
「…っ」
英理は言葉を失った。このまま凪との待ち合わせ場所にタカミを連れて行くなんて、絶対に許されない。どうしようと焦る英理の腕を、ナオがグイッと引き寄せた。
「ねえ、ちょっと。このまま放っておくの?」
ナオは英理の耳元で小声でささやく
「…ねえ、もしかして、あのタカミさんって人のこと、凪くんは知ってるの?」
「…うん、同じクラスだし、和也もよく知ってる人なんよ」
英理の返答を聞き、ナオの瞳に強い決意が宿った。
「分かった。それなら、私も一緒について行く。一人にさせられないし、何かあったら私がフォローするから!」




