第34話 【お前どうしたんね】
翌日の鳴滝高校。
和也の席に歩み寄ったタカミは、わざとらしく椅子を引き、凪の席からもはっきりと聞こえるような声のトーンで口を開いた。
「昨日はお邪魔したね。正直、熱くなりすぎて英理に余計なことまで言ってしまって、今朝になってちょっと恥ずかしいというか、反省しとるんよ」
タカミはわざとらしい苦笑いを浮かべる。
「なぁ和也。昨日俺が帰った後、英理やおばさん、俺の話なんかしてた? やっぱり引かれとるかな」
タカミは和也の反応を伺いながら、突拍子もない解釈をしだした。
「まぁ、自分でも分かっとるんよ。昨日の爆弾発言で、俺と英理の関係は、おばさんにも完全に『公認』の仲になったはずやろ。
おばさん、俺があの言葉を投げた時、否定もせんとただ見守っとったけんね。
あのおばさんが黙るってことは、俺の気持ちを認めたってことやろ?」
タカミはさらに畳み掛けるように、ニヤリと笑った。
「英理も、あんな風に言われてあからさまに動揺しとったし、まんざらでもないはずよ。」
「なあ和也、お前も俺と英理が一番お似合いだってことは認めてくれるやろ?」
タカミの思い込みの激しさと、凪を挑発するような口ぶりに、和也は内心で(こいつ、どこまで自分勝手で都合のいい解釈をしとるんや)と呆れ返る。
和也はチラリと、横でその会話を静かに聞いている凪の横顔を盗み見た。
凪は教科書に視線を落としたままだが、ペンを握る指先が白くなるほど強く力が入っていた。
「でさ、和也。今日の放課後、また英理とゆっくり話したいんよ。
お前、英理と今からでも連絡取れるやろ? ちょっと英理を呼び出してくれんか」
和也は内心で(こいつ、どこまで図々しいんや)。
昨日、英理本人から放課後に凪と話すと聞いていたのを思い出す。
「悪いけど、タカミ。今日は英理、用事があるみたいやから無理やと思うで」
和也が努めて冷静に断ると、タカミは眉をひそめて不機嫌そうに食い下がった。
「用事? 英理に、何の用事やろ、それ…まさか、あいつ(凪)と会うつもりか?」
タカミの視線が、再び鋭く凪の方を射抜いた。凪は沈黙を貫いているが、その背中は明らかに強張っていた。
「知らんよ。英理にも英理の都合があるんやろ。…それよりタカミ、お前、自分の願望だけで勝手に話進めようとしすぎやないか?」
「お前どうしたんね!」
「ふうん、和也が協力してくれんとやったら、放課後、直接三原高校に行って英理に会いに行くわ!」
「英理が何しよるとか確かめて…ついでに、その『用事』とやらに、俺も付き合ってやらんとな」
挑発するように低く吐き捨てられたその言葉。
凪は静かに立ち上がると、タカミの方を一度も見ることなく、教室の出口へ向かった。
「おい、無視かよ…」
タカミが背後で声を荒らげたが、凪は足早に廊下へと消えた。
(タカミ、お前がその強引さで動けば動くほど、英理の心はお前からは遠ざかるっていうのに)
凪が教室を出た後、和也はすぐさまその背中を追いかけ、階段の踊り場で彼を呼び止めた。
「凪、ちょっと待て!」
和也は息を切らしながら凪の前に立ちはだかった。
凪は足を止め、無言で和也を見つめた。
和也は切実な表情で…
「タカミがああやって突っ走っとるけど、頼むからあいつと揉めるのだけは避けてくれ。
お前も分かっとるやろ、英理は二人の間で板挟みになって一番傷つくのは自分やって分かっとるんよ。
あいつの目の前で揉めるような真似は、絶対にしたくないはずやろ」
和也はさらに声を低め、念を押すように続けた。
「暴力だけは絶対にしたらいかん。英理はそういうの、一番嫌がるけん。お前が手を上げたら、英理は悲しむだけばい」
和也の必死の忠告に、凪はゆっくりと視線を上げ。
「分かってる。俺もそんな無茶をするつもりはないわ」
凪は少し間を置いてから、
「ただ…あいつが、これ以上英理に嫌な思いをさせたり、傷つけるようなことをするなら、その時は分からん。俺の我慢にも限度があるんや」
「凪…」
「俺は英理を守りたいだけや。それだけは分かってくれ」




