第33話 【和也のフォローと母の機転】
リビングの空気が完全に凍りつき、タカミが青ざめて言い訳を重ねようとしたその瞬間、ソファにいた和也が「今しかない」と直感した。
放課後に凪から奢ってもらったジュースの味を脳裏に浮かべ、和也はあえて軽快で呆れたような口調で割り込んだ。
「あーあ、タカミ。お前、ほんま勘違いも甚だしいわ」
「タカミ、お前が言いたいんは『凪がモテるから、他の女子に勘違いされやすい』ってことやろ? 」
「確かに、あいつ密かに女子から人気あるみたいやけど、あいつ、まじで驚くほどド級の鈍感なんよ」
和也はニヤニヤと笑いながら、固まっているタカミの目を見て続けた。
「あいつ、頭の中が英理のことでいっぱいで、他の女子なんて一切目に入っとらんのよ。
周りの女子がどれだけ言い寄ってアピールしても、本人は『ん? 何?』って全く気づかずにスルーしとるだけや。そういう態度が、周りから見たら『思わせぶりで罪な男』に見えとるだけやろ。
あいつは男を弄ぶどころか、ただの不器用で一途な超鈍感野郎なんよ!」
和也の圧倒的な説得力と軽快な暴露に、英理の表情がパッと明るくなった。
美津子も「あら、そうなの?」と、先ほどまでの激しい怒りを解き、ふっと優しい笑みを浮かべ直す。
「な? タカミ。お前の見当違いな心配は分かったけど、凪はそんな器用な悪党やないよ」
和也はタカミに向かって、少し意地悪く、けれど決定的な一言を放った。
タカミは返答に詰まる。
自分の必死な攻撃が、和也の見事なフォローによって…
「凪がいかに英理一筋で不器用か」
を全員の前で証明する最高の材料にすり替えられてしまった。
タカミは悔しさに拳を震わせるしかなかった。
英理は安堵したように微笑み、タカミの方を見て優しく言った。
「もう、タカミくんってば。
心配してくれるのは嬉しいけど、凪くんはそんな人じゃないけん。
二人とも大事な友達なんやから、今度はみんなで仲良くしようね!」
英理はそう言うと、隣に座るタカミの肩を、いつもの親しみを込めてポンと軽く叩いた。
すべてがタカミの嫉妬に火をつけ、もう後戻りできない場所へと彼を追い込んでいた。
タカミの瞳から、それまでの爽やかな「幼馴染」の仮面が剥がれ落ちた。
「…仲良く、か」
低い声がリビングに響く。
「英理、俺は…俺は凪なんかより、ずっと昔から、誰よりも英理のこと大事に思ってきたし、これからもそうするつもりよ。
この気持ちだけは、誰にも負けん自信がある」
リビングの空気が一瞬にして凍りついた。
「…え?」
英理は思考が追いつかず、呆然と口を開ける。
隣にいた美津子も、持っていたティーカップをソーサーに置く音さえ忘れ、驚愕の表情でタカミを見つめている。
「凪くん『以上に』って、それ、どういうこと?」
美津子の震える問いかけにも、タカミは答えない。
ただ、英理から視線を逸らさず、逃げ場のないほどの重苦しい沈黙が、その場を支配していた。
和也はソファの上で、「あーあ……」と天を仰ぐ…
タカミの瞳には、一切の迷いも淀みもなかった。
「…英理。凪とは、まだ付き合っとらんとやろ?」
突きつけられたその問いに、英理は呼吸すら忘れたかのように啞然とし、ただ見開いた目でタカミを見つめることしかできない。
「タカミくん、なにを」
英理が震える声でようやくそれだけ絞り出した時、沈黙を破ったのは美津子でした。
美津子は、親としての直感でこの場が修復不可能なほど危険な境界線を越えようとしていることを察知した。
美津子は深く息を吐き、有無を言わせぬ凛とした声で言葉を紡いだ。
「タカミくん。ありがとうね」
「タカミくんが、英理のことを昔から誰よりも大切に思ってくれていること、おばさんもずっと知っているから。
そう言ってくれて、本当に嬉しいわ」
美津子はタカミの肩に手を置き、まるで彼を子供の頃の自分へと引き戻すような口調で続けた。
「タカミくんの真っ直ぐな気持ち、今日こうして聞けたこと、それに、こんなに美味しいケーキまでわざわざ選んでご馳走してくれたこと。
今日は本当にありがとうね。
そろそろ帰らないと家の方も心配するわよ」
それは、感謝を装った決定的な「帰宅の催促」。タカミとの今迄の関係を壊したくない、暴走をこれ以上許さないという、親としての静かな拒絶。
タカミは母の手の温もりと、その瞳の奥にある強い意志を感じ取り、ハッとして我に返りました。
自分が取り返しのつかない一線を越えようとしていたことにようやく気づき、張り詰めていた肩の力がスッと抜けた。
「あ。すんません、おばさん」
「俺、ちょっと言葉が過ぎました。英理、変なこと言うて悪かったね」




