第30話 【昔の壁】
翌日の放課後。
凪と英理は、並んでゆっくりと家路についていた。
二人は少し照れくさそうにしながらも、昨日のお母さんとの会話を思い出しては、他愛のない話で盛り上がっていた。
しかし、英理の家の近くまで差し掛かったところで、二人は足を止めた。
家の前には、和也とタカミが立っていた。
「あれ? タカミくん?」
英理が声をかけると、タカミは英理に近づき、凪の存在をあえて無視するように笑みを向けた。
「よお、英理。明日、放課後時間あると? 実はさ、美味そうなケーキ屋を見つけてさ。
どうしてもお前に食べさせたくてさ。明日の放課後、英理の家に届けに行くけん、お母さんも一緒にみんなで食べようと思ってね。
あと、おばさんとも久しぶりにゆっくり話したいし」
タカミの突然の提案に、英理は目を丸くした。
「え、明日? でも…」
英理はちらりと隣の凪を見た。
最近は学校が終われば凪と帰るのがすっかり自然な流れになっていたからだ。
「あ…明日、なんだけど…」
英理が戸惑っていると、タカミは凪の方を一瞥もせず、言葉を畳み掛けた。
「お前、昔からからずっと甘いもん好きって言いよったろ? 明日、二人で一緒にケーキ買いに行って、そのまま俺の自転車で送ってやるけん。どうせお前、一人じゃ決められんやろ?」
「えっ、でも明日…」
タカミは強引に言い放った。
「決まりね。明日、学校終わったら正門前で待っとるけん。おばさんにも俺から言っとくわ」
英理は、困ったように凪の顔を見上げた。
「凪くん、ごめん。なんか急に決まっちゃって」
凪は、タカミのあまりの強引さと、自分を完全に蚊帳の外に置いた態度に戸惑っていた。
凪にとってタカミは「英理の幼馴染」だがどこか「壁」のようなものが漂っていた。
翌日の鳴滝高校。
昼休みの教室で、タカミはやけに大きな声で和也に話しかけていた。
凪は視線を落としているが、二人の会話は嫌でも耳に入ってきた。
「なあ和也、今日の放課後、英理と待ち合わせしとるんだけどさ…」
タカミは、わざと後ろの凪に聞こえるような声のトーンで話し始めた。
「ああ、昨日のケーキの件だろ?」
「そうそう。三原駅の近くにある『ラ・フランスラテ』のケーキ。」
「あそこの苺のショートケーキ、英理が小さい頃からめちゃくちゃ好きだったやん? 昨日お前の家でゲームしとる時、その話で盛り上がって英理の部屋まで話に言ったら、あいつ大好物だからめっちゃ楽しそうに話しとったろ?」
タカミの言葉の端々には、凪への明確な当てつけが込められていた。
さらにタカミは、凪を視界の端に捉えながら、これ見よがしに和也に畳み掛ける。
「和也の分もついでに買って行くけん、先におばさん…と一緒に、家で待っといてよ。昔みたいに、みんなで食べようや」
「お、おう。分かったわ。母さんにも言っとくけん」
和也は少し気まずそうに凪の方をチラリと見たが、タカミの圧に押されて相槌を打つしかなかった。
「昔みたいに」「お母さんと一緒に」
その言葉は、昨日ようやく英理のお母さんに挨拶をして、少し距離が縮まったと思っていた凪にとって、昔からある大きな見えない壁に立ちはだかれた感覚になった。
(三原駅の近くの『ラ・フランスラテ』の苺のショートケーキ、か。英理、そんなんが好きなんやな、俺、全然知らんかったわ)
「ははっ、やっぱりまだまだ蚊帳の外や…なかなか敵わんなぁ」




