第30話 【昔の壁】
翌日の放課後。
凪と英理は、並んでゆっくりと家路についていた。
二人は少し照れくさそうにしながら、昨日のことを話したり、他愛のない話をしたりしていた。
しかし、英理の家の近くまで差し掛かったところで、二人は不意に足を止めた。
家の前には、和也と尊巳が立っていた。
「あれ、タカミくん?」
英理が声をかけると、尊巳は英理へまっすぐ近づき、凪の存在など最初からいないかのように笑みを向けた。
「よお、英理。明日、放課後時間あると? 実はさ、美味そうなケーキ屋を見つけてさ。
どうしてもお前に食べさせたくて。明日の放課後、そこのケーキを持って家に顔出すけん。おばさんとも久しぶりにゆっくり話したいし」
尊巳の突然の提案に、英理は目を丸くした。
「え、明日? でも……」
英理はちらりと隣の凪を見る。
「あの、明日なんだけど……」
英理が言いよどむと、尊巳は凪をちらりとも見ず、言葉を畳み掛けた。
「お前、昔からずっとあの店のケーキ好きやったろ。明日、学校終わったら正門前で待っとるけん」
「えっ、でも明日……」
「決まりね。おばさんにも俺から言っとくわ」
圧倒されるような強引さに、英理は困ったように凪の顔を見上げた。
「凪くん、ごめん……なんか、急に決まっちゃって」
凪は、尊巳のあまりの強引さに言葉を失っていた。
「英理の幼馴染」という立場は分かっている。けれど、さっきから自分だけが蚊帳の外に置かれているような気がしていた。
♢
翌日の鳴滝高校。
昼休みの教室。尊巳はやけに大きな声で、和也に話しかけていた。
凪は自分の机で教科書に目を落としていたが、その会話は嫌でも耳に入ってくる。
「なあ和也、今日の放課後、英理と待ち合わせしとるんだけどさ」
尊巳は、後ろの席にいる凪にわざと聞こえるようなトーンで喋る。
「ああ、昨日のケーキの件だろ?」
「そうそう。三原駅の近くにある『ラ・フランスラテ』のケーキ」
あそこの苺のショートケーキが、英理は小さい頃から好きだったやん? 昨日お前の家でゲームしとる時、その話で盛り上がってさ。
英理もめちゃくちゃ楽しそうに話しとったろ?」
さらに尊巳は、凪を視界の端で捉えながら、和也に畳み掛けた。
「和也の分も買ってくから、お前は先に帰って、母さんと一緒に家で待っといてよ。昔みたいに、みんなで食べようや」
「お、おう……分かったわ。母さんにも言っとくけん」
和也は気まずそうに凪の方をチラリと見たが、尊巳の圧に押されてそれ以上は何も言えなかった。
「昔みたいに」
「お母さんと一緒に」
その言葉は、昨日、英理の母親と挨拶を交わして、少しは距離が縮まったと思っていた。
けれど、「昔みたいに」という言葉を聞いた瞬間、その気持ちが少し揺らいだ。
二人が過ごしてきた時間の長さを思えば、自分なんてまだまだなんだと思い知らされる。
(三原駅の近くの『ラ・フランスラテ』のショートケーキ、か……。英理のそういう好きなもの、俺、全然知らんかったわ)
(ははっ……やっぱり、まだまだ蚊帳の外やな)




