第29話 【プライド】
鳴滝高校の教室。
ニヤニヤした様子で和也が歩み寄ってきた。
「よお凪、生きて帰ってこれた? 昨日の神之浦家での大試練、どうだったと?」
「……ああ、なんとか無事にな」
凪は昨日の「挨拶事件」と「手握り事件」を思い出し、少しだけ耳を赤くしながら苦笑いを浮かべる。
「お母さん、めちゃくちゃ優しかったぞ。ケーキもご馳走になったし、和也が脅すからどんだけ怖いんかと思ったら、全然そんなことなかったわ」
「へぇー、そりゃよかったね。まあ、俺なりの親心ってやつよ」
和也が肩をすくめて笑ったその時、後ろからバシッと凪の肩が叩かれた。
「おいおい、何の話で盛り上がっとると? 俺抜きでそんな楽しそうな話すんなよ」
振り返ると、そこに立っていたのはクラスメイトの尊巳だった。英理とは近所に住む幼馴染で、凪とはこの春から同じクラスになった。
「タカミか。いや、大した話やないよ。ちょっと昨日、英理の家に顔出してきただけや」
凪が何気なくそう言った瞬間、尊巳の表情が一瞬だけ硬直した。
英理と凪が親しいことは知っていた。
だが、「家にまで行った」と聞いた瞬間、尊巳の笑顔がほんの少しだけ固まった。
「へえ、英理の家にな。ずいぶん仲よかとね」
尊巳は和也に向き直り、努めていつもの調子で軽口を叩く。
「和也、お前も聞いたと? 凪のやつ、ついに神之浦家の公認かよ。出世したもんやね」
「まあね。俺は昨日は『家に帰ってきい』って追い出されたし、あいつらですっかり盛り上がってたみたいよ」
和也が冗談めかして笑う。尊巳もつられて笑ってみせたが、その表情の端がわずかに引きつっていた。彼は凪の肩にぽんと手を置く。
「で、英理は家でどんな感じだったと? まあ、凪にはまだ分からんかもしれんけど、あいつ昔からああ見えて結構ワガママで扱い難しいやろ?」
「え? いや、別に……」
戸惑う凪を遮るように、尊巳は少し早口で畳みかける。
「凪、お前あいつの本当の顔、ちゃんと分かっとると? あいつ、本当に嫌なことがあると逆に笑ってごまかすタイプやけんね。
まあ、昔から英理のこと知っとる俺からすると、あいつ結構気ぃ遣うところあるけんね。凪も、そのへん分かっといた方がいいかもよ」
その声音だけが、それまでの軽口とは明らかに違っていた。
凪は不意に胸を突かれるような違和感を覚える。
だが、尊巳はすぐに何事もなかったように凪から視線を外し、隣の和也の肩に腕を回した。
「そういや和也さ、明日お前の家で遊ばん? 久々にガッツリやりたいゲームがあるとよ」
「お、珍しいね。まあいいけど、俺の部屋でよければいつでも来いよ」
唐突な話題の切り替えに、和也が少しだけまばたきをしてから頷いた。




