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第27話 【もう帰るの!】

放課後の日差しが西に傾く、駅前の本屋の前。


制服姿の英理が凪の姿を見つけると、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってきた。


「凪くん!」


「おう、待たせたな」


「じゃあ行こか。今日は一緒に帰ろ!」


「せ、せやな。帰ろうか」


「私達の家」という言葉の響きに、凪は胸を高鳴らせると同時に、緊張で胃のあたりがキュッと引き締まるのを感じる。


(英理より怖いって、それ……俺、生きて帰れるんか?)


♢


英理は玄関のドアを開けると、弾んだ声で呼びかけた。


「ただいまー! お母さん、連れて帰ってきたよー!」


(和也の言った通りや、怒らせたら終わりや。とにかく失礼のないように……!)



やがて、廊下の奥から足音が近づいてきた。


「はいはい、お帰り。あら、本当に連れてきてくれたのね」


玄関先に現れた美津子の姿を見て、凪の思考が完全に止まる。

英理によく似た、優しげで上品な女性。

凪は、その顔をまじまじと見つめた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がスッと緩んだ。


(え……? 英理にそっくりで、めちゃくちゃ美人やん。しかも、なんかもっとこう、優しそうな雰囲気の人やん)


和也に吹き込まれた脅し文句が、音を立てて霧散していく。


「凪さん、どうぞ入って下さい。英理もどうぞ」


美津子に優しく微笑まれ、凪はまっすぐに背筋を伸ばすと、深く一礼した。


「……あ、し、失礼しました!!」


「…………」


玄関に静まり返った空気が流れる。


(あかん、またやってもうた! 入る時に『失礼しました』って、おっ俺、どこに帰るんや!)


英理と美津子は顔を見合わせると、こらえきれず肩を震わせて笑い出した。


「ふふっ、あらあら。凪さん、『失礼しました』だなんて、もう帰っちゃうの?」


「せやよ、凪くん。来たばっかりやん、早いって!」


凪の顔が一気に真っ赤になる。


(しまった、初っ端から大失敗や! 俺、何バカ丸出しなこと言うてんのよ)


石像のように硬直して動けなくなった凪の袖を、英理があきれ顔でそっと引いた。


「もう、凪くんったら。いいから、こっち来て!」


リビングに通され、指定されたソファに腰を下ろす。


英理が迷わずその隣にぴたりと寄り添うように座ったため、凪は「目の前の母親の視線」と「すぐ隣にいる英理」の板挟みになった。

二人の正面に、美津子が穏やかに腰を下ろす。


「凪さん、そんなに固まらなくてもいいのよ。あ、その前にね。ずっと直接お礼を言いたかったの」


美津子は少しだけ表情を和らげると、頭を下げた。


「あの時、英理が自転車事故に巻き込まれそうになった時、身を挺して助けてくれて本当にありがとう。親として、感謝してもしきれないわ」


突然の丁寧な言葉に、凪は慌てて肩を跳ねさせた。


「い、いえっ!! そんな、頭下げんといてください! 俺、当然のことしただけなんで……英理さんが無事で本当に良かったです」


恐縮して手と頭を同時にぶんぶんと振る凪を見て、美津子は嬉しそうに目を細めた。


「ふふ、本当に優しいのね。さ、固い話はここまでにして、お茶にしましょう。今日はね、ずっと食べてみたかったケーキを買ってきたの。一緒につまみましょう」


美津子が箱を開けると、英理が目を輝かせて歓声を上げた。


「わあ、ベルエルのケーキだ! お母さん、すごーい!」


「あ、ありがとうございます……! ご馳走になります」


リビングに広がる甘い香り。

目の前で笑う美津子と、隣で嬉しそうにしている英理を見て、凪はようやく肩の力を抜いた。

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