第27話 【もう帰るの!】
放課後の日差しが西に傾き、駅前の本屋の前。
制服姿の英理が凪の姿を見つけると、ぱっと表情を輝かせ、駆け寄ってきた。
「凪くん!」
「おう、待たせたな」
「じゃあ行こか。さあ、私達の家に一緒に帰ろ!」
「せ、せやな。帰ろうか」
「私達の家」という言葉の響きに、凪は胸が高鳴ると同時に、複雑な思いが胸の奥でキュッと引き締まるのを感じた。
(英理より怖いって、それ、俺、生きて帰れるんか?)
英理は玄関のドアを開けると、弾んだ声で呼びかける。
「ただいまー! お母さん、連れて帰ってきたよー!」
(和也の言った通りや、怒らせたら終わりや。とにかく失礼のないように、とにかく怒らせんように!)
凪の頭の中では、和也に吹き込まれた「英理以上に怖いかもしれない美人」という情報が暴走していた。
凪の目の廊下の奥から足音が聞こえてきた。
「はいはい、お帰り。あら、本当に連れてきてくれたのね」
玄関先に現れた美津子の姿を見て、凪の思考は完全に停止した。
英理によく似た、優しげで上品な女性。
凪は、英理のお母さんの顔をまじまじと見た瞬間、心臓の鼓動がわずかに緩んだ。
(え? 英理にそっくりで、めちゃくちゃ美人な人や。
しかも、なんかもっとこう、優しそうな雰囲気の人やん)
和也に吹き込まれた恐怖心が一瞬で頭を横切る。
「凪さん、どうぞ入って下さい。英理もどうぞ」
美津子が優しく微笑んで促すと、凪は真っ直ぐに背筋を伸ばし、
深く一礼する。
「…あ、し、失礼しました!!」
「…………」 玄関に沈黙が流れる。
(あかん、またやってもうた! 入る時に『失礼しました』って、おっ俺、帰るんか!)
英理と美津子は顔を見合わせると、クスクスと肩を震わせて笑い出した。
「ふふっ、あらあら。凪さん、『失礼しました』だなんて、もう帰っちゃうの?」
「せやよ、凪くん。来たばっかりやん、早いって!」
「!!」
凪の顔は、一気に茹でたタコのように真っ赤に染まる。
(しまったやばい、初っ端から大失敗や! 俺、何バカ丸出しなこと言うてんのよ)
凪は玄関で石像のように硬直して動けなくなった
。
英理はあきれ顔で笑いながらも、そっとその温かい手を取りました。
「もう、凪くんったら。いいから、こっち来て!」
英理が軽く凪の手を引くと、彼は操り人形のように動いた。
リビングに入ると、凪は指定されたソファに座る。
英理が迷わずその隣にぴたりと寄り添うように座ったため、凪は「二人きりの距離感」と「お母さんの視線」の板挟みになる、
二人の正面に、美津子が優雅に腰を下ろしました。
凪は、まるで取り調べを受ける容疑者のよう!
美津子はそんな凪の様子を微笑ましく見つめながら。
「凪さん、そんなに固まらなくてもいいのよ。あ、その前にね。ずっと直接お礼を言いたかったの」
美津子は表情を少し和らげると、深く頭を下げた。
「あの時、英理が自転車事故に巻き込まれた時、親身になって助けてくれて、本当にありがとうございました。親として、感謝してもしきれないわ」
突然の丁寧なお礼に、凪は驚いて肩を跳ねさせた。
「い、いえっ!! そんな、頭下げんといてください! 俺、当然のことしただけなんで! 英理さんが無事で本当に良かったです」
恐縮して手と頭を同時にぶんぶんと振る凪を見て、美津子はクスクスと嬉しそうに目を細めました。
「ふふ、本当に優しいのね。
さ、固い話はここまでにして、お茶にしましょう。
今日はね、ずっと食べてみたかった『パティスリー・ベルエル』のケーキを買ってきたの。一緒にお喋りしながら食べましょう」
美津子が箱を開けると、
「わあ、ベルエルのケーキ! お母さん、すごーい!」
英理が子供のように目を輝かせて歓声を上げた。
「あ、ありがとうございます! す、すみません、ご馳走になります」
リビングに広がる甘い香りと、温かな空気。
凪は、目の前の「美人で優雅なお母さん」と「隣で笑う英理」という、自分には分不相応なほど幸せな光景に、緊張しながらも、安堵感を抱いていた。




