第24話 【春風と、母への打ち明け話】
季節は巡り、2006年の春。
凪は高校3年生、英理は2年生へと進級していた。
二人もそれぞれ一つ上の学年になり、少しずつ大人びた雰囲気を見せるようになっていた。
そんなある週末の午後。
リビングのソファで雑誌をめくっていた母・美津子が、ふと目を上げて英理を見た。
「英理、あんたもしかして、付き合っとる男の子がおると?」
不意打ちの問いに、英理は手にしていたマグカップを取り落としそうになる。
「えっ! え、何いきなり! 違うよ、お母さん!」
必死に否定する娘の、隠しきれていない動揺を見て、美津子は穏やかに笑った。
「ふふ、そんなに慌てんでいいんとよ。あんたの顔見たら、すぐ分かるけんね」
「う……」
しらを切り通すのは無理だと悟り、英理はソファの背にもたれかかった。
少し照れくさそうに、けれど隠しきれない熱を含んだ声で凪の名前を口にする。
「……おるとよ。凪くんっていう子。でもね、お母さん。いわゆる『彼氏』とか『彼女』っていうのとは、ちょっと違うんかも」
「違うと?」
「うん。なんて言うんかね。ただ一緒にいて、他愛ない話して、笑い合って……気づいたら、私の隣にはいつも凪くんがおる。お互いがおるのが、もう当たり前になっとるっていうか」
英理はマグカップのふちを指でなぞりながら、少しだけ視線を落とした。
「今のこの関係が、私はすごく心地いいんと。気づいたら、私の日常の中に凪くんがおるのが当たり前になっとるんよ」
美津子は娘の言葉を遮らず、静かに最後まで聞き届けると、満足そうにうなずいた。
「なるほどね」
美津子は雑誌を閉じ、テーブルに置いた。「今のあんた、すごくいい顔しとるよ。……ほんとに、大切に思っとるんやね」
ふうっと息をつき、美津子は少しだけ身を乗り出した。
「ねえ、英理。その凪くん、今度うちに連れてきてみらん?」
「えっ、家に? なんで急に!」
「だってお母さんも、そんなふうに話す子なら一度会ってみたいやん。大丈夫よ、お父さんには内緒にしとくけん」
「もう、お母さんったら……。分かった、本人に聞いてみる。来てくれるか分からんけど」
照れ隠しにマグカップを持ち上げた英理は、ふと思い出したように付け加えた。
「あ、そうそう。凪くんね、和也と同じ高校なんよ。和也の親友でね」
その名前が出た瞬間、美津子の表情がふっと和らいだ。
「あら、そうなん? 和也の親友なんや」
さらに英理は、カップを置いて続けた。
「ねえお母さん、覚えてる?去年の夏 、私、自転車で事故りそうになったやん?」
「ええ、忘れられんわよ。怪我はなかったけど、間一髪で誰かに助けられたって言っとったあの時の……」
「そう。あの時、身を挺して私を庇ってくれたの、実は凪くんなんよ」
「……えっ?」
美津子は思わず目を見張り、胸に手を当てた。あの日の肝を冷やした記憶が、鮮明に蘇る。
「あの時の男の子が、凪くんだったの?」
「うん」
美津子はしばらく言葉を失い、それから深く息を吐き出して、やわらかな笑みを浮かべた。
「そんなご縁があったなんてね……。ほんと、どこでどう繋がっとるか分からんもんやねえ」
美津子はそう言って、嬉しそうに笑った。
「それならなおさら、一度ちゃんと会ってみたいわ」




