第18話 【一番いいところで】
「あ、凪、また戻ってきた」
女子の一人が不満げに顔をしかめる。
「ちょっと、なんでまた戻ってくると?」
「ほんとそれ。さっき追い出せたと思ったのに、邪魔やなぁ」
だが、彼女たちが凪の背後に続く二人の姿に気づいた瞬間、悪態はピタリと止まった。
「……は?」
先ほどまで凪を邪魔物扱いしていた女子たちの視線が、英理に釘付けになる。
「な、何あの人……。うちの学校の子やないよね?」
「ねえ嘘でしょ、めちゃくちゃ可愛くない?」
「待って、芸能人……?」
「なんであんな子が、凪の後ろにおると?」
周囲がざわめく中、英理はナオの隣に腰を下ろし、凪はその向かい側に座った。
ボックス席の空気が一変する。和也を囲んでいた女子グループの視線は、もはや単なる驚きではなく、信じられないものを見る目に変わっていた。
「ありえんっちゃけど……」
女子の一人が、仲間の耳元で引きつった声を漏らす。
「凪のやつ、裏で何やってるとよ。私たちが知らんだけで、実はめちゃくちゃモテる系?」
そんな周囲の視線を他所に、凪はメニューに目を落とした。
「とりあえず、何か頼むか? 喉乾いたやろ」
「うん、ありがとう。じゃあ、私はストロベリーシェイクにしようかな」
英理もまた、凪の自然な振る舞いに合わせて少しだけ肩の力を抜く。
「俺はコーラでええわ。ナオは?」
「私は……フライドポテトと、オレンジジュースで」
三人のやり取りは、さっきまでの重苦しい空気からすっかり離れていた。
(英理、あんた一番大事なこと、まだ何も聞けてなかやん)
凪がメニューに視線を落としている隙を突き、ナオは英理の耳元に顔を寄せる。
「ねえ。さっきの雰囲気で満足しとるみたいやけど、一番大事なこと聞いてなくない?」
「えっ」と英理が小さく息を呑む。
「『今、好きな人おるん?』って。それ聞かんと、あんたの気持ち、ずっと宙ぶらりんのままよ」
英理の瞳が揺れる。
(そうや。彼の気持ちを確かめに来たのに……)
「言えるかな、今」
「行けるよ。自分の気持ちを確かめに来たんやろ? ほら。……って、うち席外そうか? 二人の方が話しやすいやろ?」
ナオが立ち上がろうとした瞬間、英理は慌ててその袖を掴んだ。
「だ、駄目! 絶対隣におって!」
その気配に気づき、凪が不意に顔を上げた。
「ん? どうしたん、二人でコソコソと」
不思議そうに眉を寄せる凪に、英理は慌てて首を振る。
「あ、いや! 何でもなかよ。今日のおすすめ、どれが美味しいかなって話しとっただけで」
そして、英理は一度小さく息を呑み、逃げ出したい衝動を押し殺して、真っ直ぐに凪を見つめた。
「あの、凪くん」
「ん?」
「今さ……好きな人とか、付き合っとる人、おると?」
凪の動きが、ぴたりと止まった。
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れる。自分に向けられたとは思えない問いに、凪は完全に思考を停止させた。
(えっ……? 俺に……?)
目の前で、真っ直ぐ自分を見つめる英理の顔。
そのあまりの距離感と、向けられた言葉の重みに、凪は顔が一気に真っ赤に染まっていくのがわかった。
「あ、の、その……!」
頭が真っ白になり、凪はしどろもどろになる。
「好きな人、とか……いや、そういうの、いないから! てか、自分でも何言いよるか分からんようになってきた……!」
その必死すぎる狼狽ぶりに、英理は思わず小さく吹き出した。
(ふふっ、こんなに慌てとる……)
隣で一部始終を見ていたナオも、呆れたような、しかし面白がるような目を向ける。
その時だった。
「ん? 何やら騒がしいと思ったら、お前らここにおったんか!」
ガラッとボックス席の横に現れたのは、和也だった。
まったく空気を読まない笑顔のまま、和也はドカッと凪の隣に腰を下ろす。
「あぁ〜、和也くん、タイミング良すぎやろ……」
ナオが盛大にため息をついた。
「は? 何がや? てか凪、お前なんやその顔、茹でダコみたいになっとるぞ」




