第173話 【最後の坂道】
秋。
長崎・三原の街をオレンジ色に染める夕陽を浴びながら、二人はゆっくりと、あの坂道を上っていた。
八十歳を迎えた凪は、杖をつきながら一歩ずつ。
その隣で、英理も凪の腕を支え、ときおり足を止めては息を整える。
「……凪くん。……ごめんね。うちと別れてから、あんた……ずっと無茶ばっかりしてきたもんね……今頃、もっと楽に歩けとったのに……」
英理の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、皺の刻まれた頬を伝った。
凪はその涙を見つめると、立ち止まり、英理の手をそっと握った。
「バカ言え。……俺はな、英理。この人生で、お前と出会えた。それだけで十分や。……俺は、この人生を一秒だって後悔しとらんよ」
「……凪くん……」
「……うん……」
「泣くな。お前が笑っとらんと、俺の長い救助活動が、台無しになってまうやろ」
二人は、かつて凪が英理を抱きとめた、あの場所に立っていた。
今は、あの頃のように駆けることはできない。
それでも二人は、互いの歩幅に合わせながら、一歩ずつ坂道を上っていく。
数メートル後ろでは、ひかりが溢れそうになる涙をこらえ、二人の後ろ姿を見守っていた。
「……お父さん、お母さん。……もういいよ、ゆっくりで」
「……凪くん。大好き。生まれ変わっても、またあの坂道で……あんたにぶつかりたい。……また、あんたに見つけてほしい……」
「……うん。約束や。今度は、俺がもっと早く、お前を抱きとめてやる。だから……ずっと、隣におれよ」
「……うん」
夕闇が迫る中、二人は寄り添いながら、ゆっくりと坂道を上っていった。




