↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
172/176

第171話 【家族へ語り継ぐ】

その日の夜、和也がいつものように凪の家に遊びに来ていた。


リビングで酒を飲みながら昔話に花を咲かせていた二人だったが、酔った和也が、余計な一言を口にした。


「……なあ凪、覚えとるか? 高校の時、後輩の女子に呼び出されて告白された時よ。お前、鼻の下伸ばして『どうしようかなぁ』なんてニヤニヤしとったよな!」


「あ、いや……和也、それは言い過ぎや! ただ、返事に困っただけで……」


「嘘ば言うなって! あん時お前、『あの子、めちゃくちゃ可愛いなぁ』って俺に言うたとやけん!」


(和也のバカが、余計なことを……!)


英理は無言で立ち上がった。


「……凪くん、ちょっと外出んね」


「あ、いや、英理……。これはその、和也の記憶違いというか、酔っ払いのタワゴトであって……」


「外、言うたよね?」


「うちら、あの時もう付き合っとったよね? うちが毎日、話しかけるチャンスば狙っとった頃よね?」


「うちはあんたに好きって言ってもらいたくて、料理もできんのに『いつかお弁当作ってあげたいな』なんて考えとったんよ! 結局一度も作れんかったけど、そんな健気なうちば余所に、あんたは後輩の女子高生になびきそうになっとったと!?」


「……違うんや、英理! それは和也の記憶違いで……」


「記憶違いなわけなかとよ! うちは連絡ひとつ返ってこんだけで、あんなに待っとったとに……! 結局、うちより『シュッとした儚げな美人』が良かったとやろ!」


「もうええ! あんたなんか、一生その後輩の女子高生ば追いかけとけばよかと! うち、今すぐ実家に帰るけんね!」


「……待て、英理! 昔の話ば今さら……っ」


「昔も今も一緒よ! 裏切りは裏切りやけん!」


英理は寝室へ向かうと、クローゼットを乱暴に開け始めた。


「……はい、ストップ」


本を読んでいたひかりが、ため息をついて立ち上がった。


「お母さん、また『実家に帰る』って言っとるけど……結局、お母さんの家出って寝室なんじゃない?」


「ほら。和也おじさんも、油注ぐのやめて」


「……お父さん。今の話が本当なら、確かにお父さんが百パーセント悪いわ。でも、お母さん。だったら、なんで今までお父さんと一緒におったん? お父さんが本当にその子のことをば好きだったなら、とっくに何かあったでしょ?」


「……それは……」


「お父さんはね、なんだかんだ言って、最後にはいつもお母さんを『救助』しに行く人じゃん。……お母さんだって、そんなお父さんだから今まで一緒におったんでしょ?」


英理はクローゼットの扉を掴んだまま、言葉を失った。


「ほら、お父さん。今はとにかく、お母さんに謝りなよ」


「……英理。悪かった。……俺には、お前しかおらんのや」


凪がそう言うと、英理は「……バカ」と呟き、顔を隠したままその場に座り込んだ。


「あーあ、いい年して。和也おじさん、お父さんのこと困らせるなら、もう出禁だよ」



凪と和也が居間でいびきをかいて寝入った後、リビングには英理とひかりの二人だけが残された。


テーブルの上には、和也が持ち込んだ酒の空き瓶と、食べかけのおつまみ。


ひかりは眠っている凪を見つめながら、英理に問いかけた。


「……ねえ、お母さん。さっきの喧嘩もそうだけど、お父さんとお母さんって、本当に色々あったんだね。……和也おじさんから聞いた『お父さんが死にかけた話』とか、お母さんが東京で独りぼっちだった話とか……本当のこと、もっと教えてよ」


「……ほうね。あんたには、まだ話しとらんかったね。……お父さんとお母さんの物語はね、2005年のあの坂道で、自転車がパンクして、うちが自転車から投げ出されたところを、お父さんに助けてもらったことから始まったんよ」


「……それからね、2016年のあの火災の時、お父さんは自分の名前も将来も全部捨てて、見ず知らずの女の子を助けるために炎の中に飛び込んだんよ。一年以上も意識が戻らんで……それでも、あのネックレスをうちのもとに届けてくれたん」


「一年も……。お父さん、そんなこと一言も言わないのに」


「そうよ。あいつはね、自分のしたことを『仕事じゃから』って笑って片付けてしまう、不器用な人なんよ。……うちが東京のきらびやかな世界に夢中になって、凪くんから離れていった時も……それでも、うちがボロボロになった時には、迎えに来てくれたんよ」


ひかりは、眠っている凪を見つめた。


「……お母さん。……お父さんを選んでくれて、ありがとう。……私、この家の子に生まれて、本当によかった」


「……うちこそ。……お父さんに、あんたを抱かせてあげられて、ほんまに幸せなんよ」


英理はそう言って、眠っている凪を見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。