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第164話 【帰るべき場所】

秋。あの突撃取材の模様が番組で放送され、凪の過去と英理との絆は、大きな反響を呼んだ。


放送を見終えた凪と英理は、いつものようにリビングで並んでくつろいでいた。


そんな静かな時間に、凪のスマホが震えた。


画面に浮かんだのは、健二からのメッセージだった。


『凪さん。今の放送、糸音と一緒に見ていました。……糸音の病状が、あまり良くありません。意識があるうちに、最後にどうしても凪さんに会いたいと言っています。

勝手なお願いだとは分かっています。でも……どうか一度だけ、顔を見せに来てくれませんか』


凪の手が微かに震えた。


しまなみで、どん底だった自分を受け入れてくれた糸音が、今、自分に会いたいと言っている。


凪は隣にいる英理へ、そっと画面を見せた。


英理はまっすぐな瞳で凪を見つめ、静かに、けれど力強く頷いた。


「……凪くん、糸音さんに会いに行こう。糸音さんって、しまなみであんたを救ってくれた人やろ? ……うちも一緒に行くけん。二人で、ちゃんとお礼を言おう」


「……英理。ありがとうな」


凪は短く返信を打ち込んだ。


『すぐに行く。待っといてくれ』


♢


長崎空港から飛行機に飛び乗り、急いで東京の病院へと駆けつけた。


病室の扉を開けると、そこには酸素マスクをつけた糸音が横たわっていた。傍らには、彼女を支え続けてきた健二が静かに座っていた。


「……凪さん。……来て、くれたんですね」


糸音はゆっくりと凪に目を向け、それから隣に立つ英理を見つめた。


英理は、まだ目立ちはしないお腹にそっと手を添えていた。

その顔を間近で見つめた瞬間、ハッと息を呑んだ。


「……あ。……あなた、あの時の……」


心身ともにボロボロだった時期、入院先の病院で、独りで立ち止まっていた自分に「海を見に行ってみて」と静かに語りかけてくれた、あの女性だった。


「……凪くん、この方……うちが倒れた時に、病院で声をかけてくれた人よ。


……あの時、糸音さんから聞いたんよ。大切な人がおるって。その人のことを話す糸音さんが、なんだか凪くんと重なって。


……糸音さんが大切にしとった人って、凪くんだったんやね……」


英理の言葉に、凪は驚きで言葉を失った。


「……あの時は、お互い様でしたね。あなたがあまりにも悲しそうな顔をしていたから。でも、よかった。ちゃんと、帰るべき場所へ帰れたんですね」


「糸音さん。俺を救ってくれて……ほんまに、ありがとう」


「凪さんが元気になってくれて、本当によかったです」


「俺、あの時のこと、一生忘れへんと思う」


「……私もです」


英理は涙をこぼしながら、糸音の冷たくなった手を両手で包んだ。


「糸音さん。……あの時も、そして凪くんが独りだった時も……ほんまに、ありがとうございました。この子が生まれたら、糸音さんが優しい人で、お父さんの命を繋いでくれたんだよって、絶対に伝えます」


英理が自分のお腹に糸音の手を重ねる。


「……温かいね。……ちゃんと、ここにいるんだね」


糸音は、静かに涙を流した。


「凪さん。私はもう、これで思い残すことはないよ。……あなたが幸せに過ごしているのを、見届けられたから」


「……糸音さん」


「健二くん……ごめんね。最後は、こんなに……わがまま言っちゃって」


「いいんだ、糸音。お前が笑ってるなら、それでいい」


健二は糸音の反対側の手を、そっと握りしめた。



第五章 完

――最終章「永遠の坂道」へ続く――

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