第163話 【その隣に】
夏の放送直後、ネットやSNSを中心に「姿を消したヒーロー」の話題が一気に広がり、全国から情報が寄せられるようになった。
番組に寄せられた情報や目撃証言をもとに、放送からわずか一ヶ月後、恩人が長崎で暮らす元消防士の男性だと判明した。
番組スタッフは、陽菜さんとお母さんを連れて、恩人との対面を果たすため、長崎の自宅へ突撃取材に向かった。
「ここですね。ごく普通の、静かなお宅ですが……」
ディレクターが緊張した面持ちで、玄関のインターホンを押した。
陽菜さんも、十一年前の感謝を直接伝えるため、花束を胸に抱えていた。
やがて、玄関のドアが開いた。
「――はい、どちらさまでしょうか」
現れたのは、髪を後ろで緩くまとめた、落ち着いた雰囲気の女性だった。
その姿を見た瞬間、カメラマンもディレクターも言葉を失った。
「……えっ……神之浦……さん……?」
そこに立っていたのは、ほとんど化粧をしていない素顔の英理だった。
「あら。……テレビの方? 今日は、何かご用ですか?」
「あ、あの……こちらにお住まいの男性に、お話を伺いたくて……」
「……なんで、神之浦さんがここに……」
「うち、ここの家内ですから。……凪くん、お客様よ! テレビの方が来られたよ!」
♢
家の奥から、足を引きずりながら凪が現れた。
凪の顔を見た瞬間、陽菜の目から涙が溢れた。
「……あ……あなたが……あの時の……」
陽菜は花束を抱えたまま、その場にしゃがみ込んだ。
「……あぁ。こんなに大きくなったんやな。……元気にしとって、ほんまによかった」
その隣で、陽菜の母親も深く頭を下げた。
「……あの日、娘を助けてくださって、本当にありがとうございました。ずっと……お礼を言いたかったんです」
十一年前、東京の火災現場で救った少女が、今、目の前にいる。
その隣には、神之浦英理がいた。
番組スタッフは、目の前の光景を言葉にすることもできず、ただ静かにカメラを回し続けていた。




