第160話 【帰郷】母の言葉
「英理ちゃん、本当に愛されてるねぇ」
香織が、隣で真っ赤になっている凪を見ながら、ぽつりと言った。
「私、ちょっと羨ましいかも」
「えっ、香織さん?」
「だって、凪くんって本当に英理ちゃんのことが大好きなんだもん。見てたら、こっちまで分かっちゃうくらい」
「もう、香織さんったら……」
英理が恥ずかしそうに笑うと、ナオがすぐに口を挟んだ。
「いやいや、香織さん! うちの旦那だって負けとらんけんね!」
「えっ?」
「ちょっと英理、聞いてよ!」
「うちの旦那さ、こないだうちがちょっと風邪気味で寝込んどった時、仕事帰りにポカリスエットとゼリーを山ほど買って、愛車で大慌てで帰ってきたんとよ! しかも『ナオが死んだら俺も生きていけん!』とかガチな顔で言い出してさ。もう重いし、面白すぎて熱が吹き飛んだわ!」
「わあ! 旦那さんすごく優しいやん! 最高のラブラブやね!」
「いやいや、凪の英理への愛情なんて、もう異常の域やろ?」
「和也くん、甘い甘い! うちの旦那の愛なんて、凪くんの英理へのラブラブっぷりに比べたら、足元にも及ばんけんね!」
「ちょっと、ナオ!」
「こないだなんてさ、うちが美容院で髪をほんの2センチ切っただけで、『世界一可愛い! 眩しすぎて直視できん!』って、モジモジしながら悶絶しとったんよ! ヤバくない!?」
「うそ! 2センチで!? 旦那さんすごく可愛い!」
英理は笑いながら、凪の顔をちらりと見た。
「でもね、うちの凪くんだって負けてないとよ?」
「ほら、始まった!」
「凪くんはね……えっと……」
「……あのね……」
「凪くんは……その……」
「英理、どうしたと?」
「いっぱいあるんよ。いっぱいありすぎて、どれから言えばいいか分からんと……」
「なにそれ! 惚気じゃん!」
「だって……凪くん、ほんとに優しいんだもん」
凪は隣で、すっかり赤くなった顔を俯けていた。
(……もう、やめてくれや……)
♢
宴も落ち着き、静まり返った居間には、お母さんと英理のふたりだけが残っていた。淹れ直したほうじ茶の湯気が、静かに立ち上っている。
「英理、本当によかったねぇ。東京の撮影も無事に終わって、元気な顔が見られて安心したよ」
お母さんは湯呑みを両手で包み、噛みしめるように言った。
「うん、ありがとね。大変だったけど、みんなでお寿司食べられて元気出たよ」
「仕事のこともそうだけどね。お母さんが一番嬉しいのは、英理が凪くんの隣で心から幸せそうにしとることよ」
「……え?」
「さっきナオちゃんと旦那さんの話をしとるとき、ずっと顔がほころんどったじゃない。東京で輝いとる英理も自慢の娘だけど、どこか遠くに行ってしまったみたいで、お母さん心配しとったとよ」
「だけど今はね。見てるこっちまで嬉しくなるよ」
「……うん」
「凪くんは不器用だけど、まっすぐな人で、英理を本当に大切にしてくれとる。凪くんの前では、昔みたいに甘えとるもんねぇ。……凪くんと結婚して、よかったねぇ」
「……うん。お母さん、うち、すごく幸せだよ」
「凪くん、劇場でガタガタ震えとるくらいシャイな人だけど、うちが困っとるときはいつだって一番の味方でいてくれると。この人と結婚できて、長崎に帰ってこられて……うち、ほんとに幸せだよ」
「本当ねぇ……」
「普通、嫁が留守の間なんて羽を伸ばしそうなものだけど。凪くんに至っては、マニアの会にまで入って東京まで行くなんてね。なんだか、子供を心配する親みたいよ」
「あはは! 本当よね! 劇場でも真っ黒に変装して小さくなっとったとよ?」
「お母さん、すごく可愛くない?」
「ふふっ。本当にねぇ」
「……でも、ナオも幸せそうでよかった」
「英理も、ナオちゃんも。大切にしてくれる人がそばにいてくれて、本当によかったねぇ」
「うん……」




