第153話 【兄貴からの約束】
【香織からのLINE】
『英理ちゃん、頼まれとった定期連絡ね! 今、凪くんの様子見に来たとよ。
部屋の中はホコリ一つなくてピカピカ! だけど肝心の凪くんは顔が土気色でさ、なんや魂の抜けた抜け殻みたいにから元気出しとるよ〜(笑)。
英理ちゃんのために必死で無理しとっとよ。また様子見に来るね!』
(凪くん……。うちが『役作りに全部を捧げたい』って言ったけん、気負い込んで、一人で必死に日常を回しとるんや……)
【英理から凪へのLINE】
『好き』
画面に送信完了の表示が出た瞬間、英理は声を押し殺して自分の両手で口をふさいだ。
(やば、マジで『好き』の2文字だけ送っちゃったんだけど……。
カッコつけて家を出てきたのに、これじゃあ普通に彼氏に甘えたいだけの人やん)
画面の文字の横に既読がつき、すぐに凪からの返信が画面を埋めた。
【凪からの返信LINE】
『おう、メッセージありがとな。お前が一人でトコトン戦うって決めたことやから、俺はこっちで待っとるつもりやけど……。
でも、もし苦しくなったりしたら、全部すっ飛ばして今すぐ東京まで駆けつけるからな。一人で抱え込まんと連絡しろよ。俺の、世界一尊敬する妻へ。』
「…………っ」
画面を見つめたまま、英理は動けなくなる。
香織からの連絡で、凪がどれだけ無理をして部屋を片付け、空元気を出しているかは知っている。
自分の寂しさを隠したまま、女優として戦う彼女のプライドをまっすぐに肯定し、いつでも飛んでくると言う凪の不器用さ。
(もう、凪くんのバカ……。そんなん言われたら、連絡我慢するとことか無理だし……今すぐ声、聞きたくなっちゃうやん)
♢
あの真夜中の『好き』のLINEから、数日後。
「凪〜! 励ましに来てやったぞ!」
と和也が笑いながら、香織と一緒にリビングへ入ってきた。
二人は「どうせまた魂が抜けたお化けみたいになっとるやろ」と少し身構えて部屋を見回したが、次の瞬間、揃って動きを止めた。
「おう、和也、香織さん! わざわざ来てくれてありがとうな!」
ソファから勢いよく立ち上がった凪は、数日前のあの土気色の顔が嘘のように血色も良く、目にははっきりと活力が戻っていた。
「ちょっと凪くん、めちゃくちゃ元気になっとるやん」
香織さんがテーブルの上に差し入れの寿司を広げながら、呆れたように笑う。
「当たり前やろ。東京で、俺の『世界一尊敬する妻』がトコトン戦っとる最中やからな」
「ほら、そこ座れや。香織さんが寿司買ってきてくれたんやろ?」
「そうそう。凪くんもちゃんと食べんといかんけんね」
「よし! それなら今日は『英理ちゃんが東京で頑張る応援パーティー』やね!」
香織さんの合図で、三人はテーブルを囲んで食事を始めた。
「でもさぁ、凪くん」
香織が寿司をつまみながら、含みのある笑みを浮かべる。
「部屋の中、相変わらずピカピカやん。これ、英理ちゃんがいつ帰ってきてもええように毎日掃除しとるんやろ」
「な、何を言うとるんや香織さん! これはただのルーティンや……っ!」
耳の裏まで真っ赤に染め上げた凪は、凪は耳まで真っ赤にしながら、照れ隠しに冷たいお茶を一気に飲み干した。
♢
その頃、東京のマンション。スウェット姿で台本をめくっていた英理のスマホが震えた。
香織からのLINEが届く。
『凪くん、すっかり復活して元気にご飯食べとるよ。相変わらず英理ちゃんにベタ惚れやけん安心してね』
♢
「……ん? どないしたんや、和也。急に改まった顔して」
和也は少し照れくさそうに頭を掻きながら、まっすぐ凪を見た。
「お前がそこまで英理のことを大切に想っとるんが聞けて、俺はほんまに安心したわ。
あいつ、画面の前じゃ大女優とか言われて綺麗にされとるけどさ。中身は昔から変わらん。すぐ怒るしヤキモチ妬きだし、ほんまに扱い難い妹なんよ。
……あんな面倒くさい奴じゃけど、これからも頼むな」
和也はそう言って、同級生である凪に深く頭を下げた。
「おい、和也。頭上げろって」
凪は和也をまっすぐ見つめた。
「任せとけ。頭なんか下げんでええよ。確かに英理は扱いにくいし我儘やけど、そんなん含めて俺にとっては世界一大切な妻やから。あいつがどんなにボロボロになっても、俺が一生この家で一番の味方になって守ったる。やから、何も心配せんでええ」
「おう、頼もしいやないか」
和也が表情を緩める。
すると、凪がふと何かに気づいたように口を開いた。
「……って、待てよ和也。俺、今さら気づいたんやけど……」
「ん? なんや急に」
「俺が英理と結婚したって事は……高校の同級生のお前が、俺の『義理の兄貴』になるんか? うちら、本当の家族になるんか……?」
一瞬の静寂のあと、和也が腹を抱えて吹き出した。
「ギャハハハハ! お前、今さらそこに気づいたんかよ!」
隣で寿司をつまんでいた香織も、肩を揺らして笑い転げる。
「笑うなや! いや、なんか急に実感が湧いてきてさ……」
凪が耳まで赤くしながら言い返すと、和也は笑いながらビールグラスを掲げた。
「ええやないか、家族って響きも。お前なら安心して預けられるわ」
「当たり前やろ。世界一可愛い妹のことは、この俺に全部任しときや」
凪は照れくさそうに笑うと、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「その代わり和也。お前も、隣でお腹抱えて笑っとるその嫁さんを、これから一生俺に負けんくらい大切にするんやぞ」




