第150話 【桁違いの現実】
2025年秋。長崎に新居を構え、新婚生活が始まって数ヶ月。
凪は頭では分かっていたものの、これほどまでに自分と英理の稼ぎに違いがあるのかと、改めて現実を思い知らされていた。
夕食の準備でダイニングテーブルを拭こうとした夜のこと。
テーブルの隅には、英理の所属事務所から届いた厚手の封筒が開けられたまま置かれていた。
その中から覗いた三つ折りの支払明細書。
そこに並ぶ桁違いの数字に、凪は思わず息をのんだ。
ドラマや大型広告で微笑む英理。
CM一本、あるいはほんの数分の出演で動く金額は、凪が施設で一ヶ月働いて得る給料とは、比べものにならなかった。
(……分かっとったことや。分かっとったことやけど……)
凪は、少し荒れた自分の手を見つめる。その手で稼ぐお金で英理に贈れるのは、ささやかなケーキや安物のアクセサリーが精一杯だ。
一方、英理が自分で買うのは、高そうな一流品ばかり。
♢
その夜、凪は珍しく口数が少なく、夕食もそこそこに縁側で月を眺めていた。
「……凪くん? どうしたと? 元気ないね。お肉、あんまり美味しくなかった?」
英理が背後からそっと抱きついてきた。
「……いや。……英理。お前、ほんまに俺なんかでええんか」
「えっ、急に何よ」
「お前が稼ぐお金と、俺が稼ぐお金。比べたら、俺、お前を支えとるなんて、とても言えんわ。
お前に不自由させん生活なんて、一生かかっても」
凪の自嘲気味な言葉が終わるより早く、英理は凪の正面に回り込むと、彼の胸をバンッ!と両手で強く突いた。
「……は? あんたバカなの!?」
「え……」
「バリむかつく……! うちを何やと思っとると!? 格差とか、そんなくだらん言葉でうちの気持ちを決めつけんでよ!」
怒りで瞳にじわっと涙を浮かべながら、英理は凪の大きな手を、両手でぎゅっと力任せに握りしめてきた。
「2005年のあの日、うちを救ってくれたのはこの手っちゃん! 毎日汗流して、家族のために持って帰ってきてくれる数万円の方が、東京のどんな大金より100倍価値あると! 一生不自由させん?
うちが欲しいのはお金じゃなくて、凪くんが無事に帰ってくる毎日なんやけんね!」
「英理……」
「次そんなアホなこと言ったら、本気で怒るけん! お母さんにも言いつけて、家から締め出すけんね!」
真っ赤な顔で涙をぬぐい、捲し立てる英理。
「……参ったな。やっぱりお前には、一生敵わんわ」
「当たり前よ! さ、早く凪くんの給料で買ってきた美味しいお豆腐、食べよ?」




