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第147話 【新婚旅行・一日目】

静かに執りおこなわれた結婚式から数ヶ月。

二人は新婚旅行の行き先として選んだヨーロッパへと旅立った。


最初に足を踏み入れたのは、歴史と芸術の街・イタリア。



「……すげえな。映画のセットみたいや」


「凪くん、見て! この小さなギャラリー、ガイドブックの隅っこに載っとったとこよ。……うわ、静かでバリ素敵ね!」


重厚な額縁に飾られた絵画や彫刻が並ぶ落ち着いた館内。


薄暗い展示室で壁一面の巨大な油彩画を見上げ、凪は静かに息を呑んだ。


「……この光と影の表現、何百年も前の画家の情熱がそのまま残っとるみたいやな。やっぱり本物の芸術って魂に響くわ」


すっかり感化された様子で腕を組み、知った風に展示品を眺めて歩く凪。


展示室の隅にぽつんと置かれた無垢の木製椅子を見つけると、その場でぴたりと足を止めた。


「どうしたと、凪くん」


「なるほどな。この削り出しの無骨さ。

余計な装飾を削ぎ落とした静寂の中に、作者の強い孤独と葛藤が表現されとるわ。この椅子も相当奥が深いな……」


通りすがりの外国人男性が、不思議そうに椅子と凪を交互に見つめて去っていく。


隣でぽかんとしていた英理は、小さく凪の袖を引いた。


「凪くん、それ……ただの監視員さん用のベンチよ。ほら、横に『Non sedersi』って札が下がっとる」


「……えっ」


「うんうん、素晴らしいね。凪くんの作品タイトルは『座ったら怒られる椅子』やったね!」


耳まで真っ赤にした凪が早足で歩き出す。


「先に行っとくぞ」


「待ってよー!」とお腹を抱えて笑いながら、英理は彼の背中を追いかけた。



館内をゆっくり巡ったあと、二人は路地裏にある老舗のジェラテリアへ向かい、ジェラートを食べることにした。


店内には香ばしいナッツとフレッシュなフルーツの香りが漂い、地元の人々や観光客で賑わっている。


「なぁ英理、ここは俺に任せとき。男見せたるわ」


色鮮やかなジェラートが並ぶショーケースの前で、凪はすっと英理の前に立ち、覚えたての英語で前に出た。


「チャオ! えーっと……ツー・カップ! このピスタチオと……イチゴ! ディスワン、OK?」


完璧に決めたつもりの凪だったが、陽気なヒゲの店員は首をひねり、「プレーゴ?」と肩をすくめて見せた。


「あ、いや……ディスワン! えーっと、コッパ……ツー! ……あれ、通じへん……?」


汗をかきながら完全に固まってしまった凪を横目に、英理はくすっと笑うと、ショーケースのガラスへ顔を寄せた。


「すみませーん! うち、これとこれ! バリ美味しそうなこの緑のやつと、イチゴのやつ!」


完全な日本語、しかも堂々とした長崎弁。


「お、おい、恥ずかしやろ英理……」


すると、それまで困惑していたヒゲの店員が英理の顔を正面から見つめ、パッと大袈裟に顔を輝かせた。


「オォー! マンマ・ミーア! ベルティッシマ!」


店員は胸に手を当てて「ピスタッキオ! エ・フラゴラね!」と、手際よくカップにジェラートを盛り付けていく。


「グラツィエ! ほら凪くん、ちゃんとお礼言わんと」


「グラツィエ……って、おい! 明らかに英理のやつだけ量多くないか!? 生クリームの盛りまで全然違うぞ!」


「『バリ綺麗な人だね』って褒めてくれたとよ。ほら、溶ける前に食べよう」


「ていうかお前、しっかり『褒められた』ことだけは理解しとるやないか」



二人は店を出て、石畳の段差に並んで腰を下ろした。


「……ん、めっちゃ美味いな。英理のは何味なん?」


「ふふ、ひとくち食べてみる?」


二人はスプーンを重ね合い、甘い一口を分け合った。



二人は広場に面した陽当たりの良いオープンカフェに移動し、エスプレッソを注文した。


「……英理、ええんか? 帽子も被らんで。誰

かに気づかれるぞ」


「ええんよ。うちはもう、凪くんの奥さんなんやもん。誰に何を見られても、何も怖くなかよ。……ね、凪くん、こっち向いて」


英理はテーブル越しに、凪の右手をそっと両手で包み込んだ。


「すごな、お前は。俺はまだ、この石畳を歩くだけで少し気後れしとるのに」


「ふふっ、凪くんはそのままがいいとよ。……あっちの子供たちが笑っとる。うちらも、あんな風にずっと笑って生きていこうね」


英理の言葉に、凪はテーブルの下で包まれた手に、少しだけ力を込め返した。

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