第143話 【隣に立つ覚悟】
翌日の夜。
上機嫌で千鳥足の和也と、顔を真っ赤にして目が据わった凪が、マンションに帰ってきた。
ドアが開いた瞬間、強烈な酒の匂いが押し寄せ、ハーブティーの湯気と混ざり合う。ソファにいた英理の表情が一変した。
「ちょっと! 二人ともどんだけ飲んできたとよ! 玄関開けた瞬間から酒臭くてたまらんとけど!」
英理が立ち上がって詰め寄るが、凪はフラフラと壁に手をつき、呂律の回らない口調で言い返した。
「エリィ。そんな怒るなよぉ。俺と和也はなぁ、男の……ディープな話をだなぁ……」
「はぁ!? ディープも何もなかよ! 凪くん、あんた脚の悪かとでしょうが! 先生からお酒はほどほどにしときなさいって言われとるやん! なんで分からんと!?」
「ええんよ、今日は……。和也が『お前、妹を泣かせたらぶちのめすぞ』って……何十回も……むちゃ言うからぁ……、俺も『分かっとるわ!』って……酒で返すしかなかったんや……」
隣で「おう、そうたい、凪ぃ!」と笑い上戸になっている和也を無視して、英理は凪にさらに詰め寄った。
「うるさい! 言い訳なんか聞きたくない! あんた、自分がどんだけの人に心配かけとるか分かっとるん!? せっかくリハビリして、しまなみで健康になったのに……! もし、また倒れたらどうするんよ! うちをまた、あの既読がつかん地獄に突き落とすつもり!? ねぇ!」
「……それは……」
「『それは』じゃなか! あんた、自分の体ば自分だけのものやと思っとると!? うちのもんでもあるとよ! 二度と……二度と、あんな怖い思いさせんでって言ったやん! なんで約束破ると!?」
「……待て、英理。……俺が悪かった。本当に、俺が浅はかやった」
凪は震える手で英理の肩を掴もうとしたが、英理はその手を激しく振り払った。
「触らんで! 酒臭い手で、うちに触らんでよ……! 今夜はもう顔も見たくない! 二人とも、そこで頭冷やしとき!」
バタンッ!!
寝室のドアが、部屋全体を震わせるような音を立てて閉まった。
後に残された二人の男。
「凪。お前……酒は、控えめにな……」
「お前、どの口が言っとんねん」
♢
東京での騒がしくも温かな日々を終え、凪はひとり、しまなみの島へと戻ってきた。
施設の夜勤明け、いつもの防波堤に座り、凪は海を見つめていた。
東京の高級マンションで見た「窓の開かない絶景」。そして、酒に溺れた自分を、涙を流して本気で叱り飛ばしてくれた英理の顔。
(俺は、あいつを高い場所に一人で立たせとるのが『愛』やと思っとった。
一番大事な「隣に立つ」っていう責任から逃げていただけや。俺の臆病のせいで……)
「もう、逃げへんよ」
凪は立ち上がり、潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
スマホを取り出し、和也に一本の電話を入れる。
「和也か。……俺や。……頼みがある。……正一さんの仏壇の前で、英理のことで話したいことがあるんや」




