第142話 【もう一人のヒーロー】
バーベキューから数ヶ月がたち、英理は凪たちを港区の高級マンションに初めて招待した。
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「……うわ、なんやこれ。床、大理石なんか」
初めて入る英理の部屋に、凪は圧倒された。
窓の外には、遠くまで見渡せる煌めく東京の夜景が広がっている。
「すごいな……。でも、なんか落ち着かんな。お前、いつもこんな高いところで一人で飯食っとったんか」
「うん。窓も開かんし、時々、水槽の中におるみたいになるんよ」
英理は凪の袖をそっと掴んだ。
「そうか。成功の証かもしれんけど、誰かと『腹減ったな』とか言い合わんと……俺、お前のこと、なんも分かっとらんかったわ」
凪は窓ガラスに手を当て、静かに夜景を見つめた。
「今日は一人じゃないから。まあとりあえず、ソファに座ってラムネでも飲もうよ。冷えとるよ」
洗練されたこの部屋には不釣り合いなはずのラムネ瓶が、二人の手のひらの中でかちゃりと鳴った。
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翌日、後から駆けつけたナオの笑い声が部屋に響き渡った。
「ちょっと、凪くん! なに石の床に正座しとるんよ。昨晩泊まったんやろ……いつまでも緊張しすぎばい!」
ナオがズカズカとリビングの真ん中に上がり込み、持参したビールとつまみの袋をテーブルにドドンと並べた。
凪はゆっくりと立ち上がり、英理に背中を押されるようにしてようやくソファへ腰を下ろす。
三人でビールを囲み、昔話に花を咲かせていた時、ナオがふと真面目な顔をして凪を見つめた。
「ねえ、凪くん。今だから言うけど、実はね、うち、高校のときあんたのこといいなって思っとったんよ」
「……え?」
「……はあ!? ナオ、あんた何ば言い出すとよ!?」
「えっ、ちょっと待って! 本気!? 本気で言っとると!? いつの話よ、高校の時って!?」
英理は持っていたグラスを落としそうになり、目を丸くしてナオを見つめた。
「無口で不器用で、英理のために全力を尽くす男。三原高校のマドンナば射止めた男に惚れん方が無理ばい。……でもね、勝ち目なんてないと分かっとった。
だから明るく振る舞って、二人の背中を押し続けてきたと。
むっちゃバカよね、うちも」
豪快に笑い飛ばすナオの姿に、英理の瞳がじんわりと潤む。
「そんなうちが、少しだけ惚れた男に唯一命令させてもらうわ。
凪くん、もういい加減、この女と結婚しんね! これ以上、うちの大事な親友を『既読待ち』の切ない女にさせんでよ。
これ以上待たせたら、うちはマジで許さんけんね!」
「……ナオ」
凪は決まり悪そうに頭を掻いた。
「わかっとるわ。……俺の答えも、もう決まっとる」
「……ナオ。……ありがとう」
「感謝するなら、早く幸せな顔見せんね! さ、飲むよ!」
ナオはさらにビール缶を傾け、不敵にニッと笑った。
「ばってんね、凪くん。今となっては、あんたを選ばんでほんとに良かったと思っとるとよ!」
ケラケラと笑いながらスマホを取り出し、自分の旦那の写真を二人の前に突き出してきた。
「見てよ、うちの旦那。凪くんみたいに無愛想じゃないし、回りくどくないし……毎日『ナオが世界一可愛い』って言ってくれるとよ。うちのことをお姫様みたいに扱ってくれる。正直、凪くんより百倍いい男なんだからね!」
「ほうか。……って、え、待てナオ。お前、結婚しとったんか!?」
「今頃なに言いよっと……あんたが『しまなみ』で格好つけて黄昏とった間に、世の中の時間は刻一刻と進んどるとよ!」
「ちょっとナオ! 無駄に揺さぶってこの『しまなみ黄昏男』のメンタル削っといてからのノロケとか、容赦なさすぎやん!」
(え、英理さん……『まずい肉じゃが』の次は『しまなみ黄昏男』……お前の中で俺の肩書どうなっとんねん……)
「そうばい! だからこそ凪くん、あんたがうちの旦那に完敗しとる今、一刻も早く英理ば幸せにしてうちに追いついてきんね! 格好つけて待たせとる場合じゃなかとよ、分かった!?」
「はいはい、わかったわ。お前のノロケと説教で、もうお腹いっぱいや……」
「ならよし! …さ、英理! 次はそこに高級そうに飾ってある、大物女優のシャンパン開けるよ。今日は朝まで付き合うけんね!」




