第133話 【長崎の海に沈む叫び】
ナオと話し数日後の神之浦家。
「もう、放っておいて」
英理は食事を拒み、水さえも喉を通らなくなった。
窓の隙間から差し込む光さえ嫌がり、一日中毛布をかぶって横たわっている。
美津子が泣きながらドアを叩いても、返ってくるのは不気味な静寂だけだった。
「母さん、これはいよいよ入院させんばいかんかもしれん」
和也が苦渋の決断を口にした、その時だった。
2階の英理の部屋から、ガシャンと何かが割れる激しい音が響いた。
部屋に踏み込んだ和也と美津子の目に飛び込んできたのは、床に散乱した鏡の破片と、その中央で自分の髪を掴み、狂ったように叫ぶ英理の姿だった。
「いらん! こんな顔、いらん! この顔のあるけん、うち勘違いして、凪くんば苦しめて……! 誰も、うちば見んといてよ! 女優の神之浦英理なんて、もうどこにもおらん!」
割れたガラス片を手当たり次第に振り回す。
服の隙間から覗くシルバーのネックレスが、痩せこけた胸元で激しく揺れていた。
「英理! 落ち着け!」
和也が力任せに抱きかかえ、暴れる英理を押さえつける。
「離して! もう嫌……長崎の海に沈めてよ! 凪くんがおらん世界で、何の意味のあると……!」
「死ぬなんて二度と言うな! あいつが……凪が命がけでお前ば助けたのは、そんなことのためじゃなかぞ!」
「関係なか! 凪くんはおらんのよ! うちが殺したようなもんたい! うちが東京で浮かれて、凪くんの想いば踏みにじったけん……っ!」
「英理、もう頼むから……! これ以上自分ば痛めつけんでくれ……!」
床にひざまずいた美津子が、破片も構わずに英理の脚を抱きしめて号泣する。
和也の強い腕の中で、英理はなおも叫び、やがて声を枯らしてしゃくりあげた。




