第131話 【嘘の重圧】
病院のゴミ箱に、桜庭からの冷たいメッセージが残るスマホを投げ捨て、英理はマネージャーに向き直った。
「うち、もう辞める。……ううん、しばらく全部お休みさせて」
事務所の必死の引き止めを振り切り、最低限の荷物だけを手にタクシーへ駆け乗り、長崎行きの始発便に飛び乗った。
長崎市三原。
あの坂道を駆け上がり、実家の門をくぐった瞬間、英理は崩れ落ちるように膝をついた。
「お母さん……うち、帰ってきたよ」
玄関先で迎え入れた美津子は、娘のやつれた顔を見るなり、何も聞かずにその細い肩を抱きしめた。
「おお、よう帰ってきたね。もう、よかとよ。何も言わんでよか」
数日後、週刊誌やワイドショーは電撃破局の話題で持ちきりとなったが、長崎の実家にはその喧騒は届かない。
英理は泥のように眠り、目が覚めると窓からあの坂道を見つめるだけの時間を過ごしていた。
「お母さん。うち、あんなに必死に東京で頑張ったとに、結局何も残らんかった。……凪くんもおらんし、仕事も、信じとった人も、全部偽物やったとよ」
♢
二〇二二年、夏。長崎の実家に戻って数ヶ月が過ぎても、英理の心は晴れなかった。
日中のほとんどをカーテンを閉め切った自室で過ごし、美津子が運ぶ食事にも半分も手をつけない。頬は削げ、目元には暗い影が落ちていた。
「英理、今日はよか天気よ。ちょっと庭の掃除でも手伝わんね?」
美津子が努めて明るく声をかけても、英理は背を向けたまま、
「ごめん。今は、動きたくなかとよ」
と力なく答えるだけだった。
「母さん、あいつ、このままじゃ本当に壊れてしまうぞ」
帰宅した和也は、居間で美津子と顔を見合わせた。
「事務所からも復帰の連絡が何度もきとる。近所の人らも、心療内科に通う母さんの姿ば見て、変な噂しよるみたいやし……」
和也は苛立ちを隠せない様子で眉をひそめた。
怒りでも未練でもなく、ただ生きる気力そのものを失ってしまっている妹の背中。
和也は深く息を吐き、意を決したように顔を上げた。
「母さん。俺、ちょっと調べてみたいことのあると」




