第127話【返信できない言葉】
ヘリが去ったあの日から、凪は祈るような思いでスマホを握りしめていた。
そしてある夜、画面に白石からの通知が浮かび上がる。
『凪さん。……手術は無事に終わりました。今は相良くんが用意してくれた東京の病院で、集中治療を受けています』
安堵と同時に胸を突く不吉な予感を抱えながら、凪は続きを読み進めた。
『生死の境をさまよって、ようやく目が覚めました。私の体は、自分が思っている以上に壊れやすいみたいです。
あの日、凪さんが私の名前を必死に呼んでくれたこと、一生忘れません。
でも、私のことでこれ以上、凪さんを縛りたくないのです。
凪さんの人生を、私の介護や看病だけで終わらせるわけにはいきません』
画面を見つめる凪の指先が凍りつく。
『相良くんのそばなら、必要な医療がすべて揃っています。
ここなら、凪さんに心配をかけずに生きていけます。しまなみで過ごした日々は、私の人生で最高の宝物でした。
でも、私はもうあそこには戻りません。
凪さんは、誰かのためじゃなく、ご自身の幸せを探してください。……今まで本当に、ありがとう。さようなら』
暗い部屋の中で、滲んだ画面が静かに消灯した。
(……なんでや。なんで、みんな……俺に守らせてくれんのや)
かつて英理の手を離してしまったときの、あの胸を刺す冷たさが蘇る。
震える指で返信画面を開き、文字を打ち込もうとした。
『迷惑なんて思っとらん』
そこまで打ちかけて、凪の手が止まった。
こんな言葉を送ったところで、彼女にさらなる罪悪感を背負わせるだけだと、痛いほど分かっていたからだ。
凪はゆっくりと画面の文字を消し、スマホを伏せた。
開け放たれた窓の外には、ただ暗い瀬戸内の海が広がっていた。




