第123話 【「生かす」技術と、「生きる」願い】
病室で意識を取り戻した白石は、傍らに立つ相良ではなく、ドアの前に佇む凪へ視線を向けた。その瞳に、かすかな熱が宿っている。
「……凪さん……。私、もうあっちには戻りたくない。……ここで、あなたと普通に笑って、過ごしたいよ……」
凪は右手を強く握りしめ、ベッドへ向かって一歩踏み出した。
「相良さん。あんたの言うことはもっともや。
でも……この人は、ここで生きようとしとる。俺がここで、あいつの側にいる」
静かだが退かない凪の言葉に、相良は苦々しく顎を引いた。
♢
凪が入院手続きのため席を外したわずかな時間、相良は白石のベッドサイドへ歩み寄った。
「糸音、本当は分かってるんだろ。身体も不自由で、先のことすら約束できない男に、お前の命は任せられない」
「凪さんは、不自由なんかじゃない。自分の足のことなんて忘れて、ずっと私の側にいてくれた人よ」
「優しさで病気が治るのか? 現実を見ろよ! 昨日の発作だって、僕がすぐに手配して駆けつけなかったらどうなっていたか。
お前が頼るべきなのは、気休めの優しさじゃない。僕が持っている、お前を生かすための医療だ」
相良は白石の細い手首を、逃がさないように強く握りしめた。
つかまれた手首から伝わる強い力。相良の言う通り、この島にいれば、いつか自分が崩れていく姿を凪に見せ続けることになるのかもしれない。胸の奥が冷たく縮みあがる。
「いいか、糸音。何年僕がお前の心臓の音を聞いてきたと思ってるんだ。
お前の身体の癖も、病気がどう進むかも、全部僕の頭に入ってる。お前を死なせない……それは、僕にしかできないんだ」
相良の瞳の奥にある、焦燥の混じった真剣な光。そこには、かつて命をすべて預けていた頃の圧倒的な安心感があった。
東京へ戻れば、万全の設備があり、相良がすべてを引き受けてくれる。
「……でも、私は……」
「生きることを投げ出すな。ただの感傷で自分を追い詰めるなよ。
お前がこの先も生きて笑いたいのなら、まずは命を繋ぐのが先だろ。
僕と一緒に来い。まだやり直せる」
相良の切実な怒りと、かつて頼り切っていた腕の強引さ。
白石の視界が、葛藤の涙で歪んでいく。
その時、廊下から足を引きずるような、静かな足音が近づいてきた。
「……凪さん……」
握られた手首に残る相良の強い体温が、彼女を冷たい過去の街へと引き戻そうとしていた。




