第119話 【消えゆく英理、動き出す凪】
数日後。
港区のマンション。テレビから流れる自分たちの結婚報道。
「ねえ、見た? さっきのニュース。僕の実家に行った時の写真、すごく綺麗に撮られていたね。
ファンの反応も上々だよ。……あ、そうだ。次は英理さんの実家に行かなきゃね」
ソファで自分のSNSの反応をチェックしていた桜庭が、思いついたように英理に話しかけてくる。
「……うちの実家に?」
台本を読んでいた英理の手が、ぴたりと止まる。
「そうだよ。僕の実家には行ったんだから、次は英理さんのご両親に挨拶に行くのが筋でしょ? 長崎だっけ? せっかくなら、僕が飛行機を貸し切りにするくらいの勢いで行こうよ。あ、でもその前に、僕のメンバーにも紹介したいし、事務所の社長との顔合わせもあるし……」
桜庭は、まるで新しいプロモーションの計画を立てるかのように、楽しげにスケジュールを立てていく。
「……桜庭くん。長崎に行くのは、もう少し待ってくれん? 今、お父さんもお母さんも、ちょっと忙しいみたいけん……」
「えー、何それ。僕、結構楽しみにしてるんだよ? 国民的女優を育てるようなお家ってどんな感じなのかなって。僕の親も、向こうのご両親に会えるのを楽しみにしてるんだからさ。僕たちの『完璧なストーリー』を完成させるためにも、近いうちに絶対行くからね!」
「……完璧なストーリーなんて、いらんよ」
「え? 何か言った?」
「……ううん、なんでもない」
「じゃあ、明日の朝刊も楽しみにしてて!」
桜庭は満足げに笑い、スマホの画面を一度確認し、軽い足取りでリビングから去って行った。
英理は、桜庭が去った後の静寂に耐えかねるように、思わず服の上からネックレスを強く握りしめる。
(……凪くん。助けて。……うち、このままじゃ、自分がいなくなってしまいそうと……)
♢
愛媛県今治市。
施設の書類整理のため、凪は初めて白石の自宅を訪れていた。
「凪さん、テレビ点けていいよ」
台所から白石の声がし、凪がリモコンを押すと、ワイドショーが騒いでいた。
『国民的女優・神之浦英理さん、アイドルグループ、セクシーボーイ桜庭さんと年内入籍か!?』
画面には、桜庭の隣で歩く、かつて自分のすべてだった彼女の姿。
「お似合いやね。あの女優さん、ほんとに幸せそう」
お茶を運んできた白石が、無邪気に言う。
「……おう。賑やかなこっちゃな」
凪は膝の上で、自然と右手を固く握りしめていた。
(……ああ、本当やったんやな)
英理……結婚か。……幸せそうやな。
英理の幸せを願うことが、自分に残された役目だと思っていた。
(……あいつが幸せなら、俺も……もうええんかな。俺も、自分の家族を持ってええんやろうか)
「顔色が悪いよ、凪さん」
心配そうに凪の肩に手を置く白石の温もり。
「……糸音さん。おおきに。俺、もう大丈夫や」




