第118話 【映えない記憶と焦げた肉じゃが】
桜庭との交際が始まって数ヶ月。
世間からは「美男美女カップル」ともてはやされていた。
「ねえ英理さん、これ見てよ! 僕の新しいCM、SNSでトレンド一位になったんだ。こっちのコメントなんて『神ビジュアル』だって。あはは、分かってるよね、みんな」
桜庭は、港区のマンションのソファに寝そべりながら、自分の名前を検索したスマホ画面を何度も英理に見せてくる。
「……うん、すごいね。格好よく映っとったよ」
英理は、次作の社会派ドラマの台本に目を通しながら、穏やかに返す。
けれど、桜庭はそんな彼女の態度が気に入らないのか。
「……何その反応。もっとこう、『さすが私の彼氏!』とかないの? 英理さんってさ、たまに冷たいよね。
あ、分かった! 視聴率気にしてるんでしょ? 自分の主演作が僕の話題に負けそうだから、嫉妬してるとか?」
桜庭は冗談めかして笑う。
「嫉妬なんてしてないよ。……ただ、今は役作りに集中したいだけ」
「ちぇ、つまんないの。……あ、そうだ! 英理さん、今夜のご飯、何? 前に作ってくれた肉じゃが、あれちょっと味が濃すぎたから、今日はもっと『映える』やつにしてよ。イタリアンとかさ。写真撮ってメンバーに自慢したいし」
英理の脳裏に、かつて焦げた肉じゃがを必死に食べていた凪の姿が蘇る。
目の前で「映え」を気にする桜庭を見ていると、英理には、その姿が耐えがたいほど薄っぺらく感じられた。
「……ごめん、桜庭くん。今日はちょっと……頭が痛いけん、帰ってくれる?」
「えー、何それ! せっかく僕が時間作って来たのに、それはないでしょ。……ああ、もしかしてまた『あの人』のこと考えてる? 昔の、あの……名前も知らないような古い知り合い。いつまでもそんな湿っぽい過去、引きずらないでよ。ダサいし、今の僕たちに不釣り合いだよ」
「……不釣り合い、か。……そうやね」
「あ、そうだ。来週、僕の実家に連れていくから。親にも紹介するし。トップアイドルと国民的女優の結婚なんて、最高に盛り上がると思わない?」
「え……結婚……?」
帰り際、玄関で桜庭は満足げに笑うと、そのまま部屋を去っていった。
一人残されたリビングで、英理は服の下のネックレスを、強く握りしめる。
(……凪くん。……ごめん。……うち、やっぱりこの光の中に、あんたを探してしまうんよ)




