第12話 【天然の壁】
「……ナオ。俺、ちょっと自信なくなってきたわ」
佐藤は力なく笑い、隣を歩くナオにぽつりと本音をこぼした。
「神之浦さんってさ、あんなに優しくて、俺みたいなのにも真っ直ぐ向き合ってくれてさ。
でも、俺の気持ちなんて、あの子の天然な思考回路の前では、全然伝わってないんだよな……」。
そもそも、あの子が本当に好きな人って、一体どんなやつなんだろ」
ナオは、そんな佐藤の横顔をじっと見つめた。
昨日、英理が一瞬見せた凪を想う切ない表情が頭をよぎる。
「佐藤くん。英理がどういう人を好きになるかは、正直、私にも分からん。
あの子は、誰かの肩書きとかじゃなくて、ふとした瞬間の『優しさ』をすごく大切にする子やけん」
「自信なくす必要なんかなかよ。英理はまだ、あんたのことを知り始めたばっかりなんやけん」
「……そうかな」
「そうよ。とりあえず、明日は『邪魔者扱いされること』を覚悟して、また普通に話しに行こうや」
♢
その日の放課後。
英理は小さく肩を落としながら、ナオの隣へ歩み寄ってきた。
「……ナオ。さっきは、ほんまにごめんね」
「ん? 何が?」
「私、空気が読めんくてさ。二人きりの時間を邪魔しちゃったよね。
佐藤くん、本当によか人そうやったし、ナオがお似合いって思うとも、すごくよく分かったよ」
英理は真剣な眼差しで、ナオの手をきゅっと握りしめた。
「ナオ、私、ナオのこと全力で応援するけん! 佐藤くんとの恋、頑張ってね。これからは絶対に邪魔せんごとするけん!」
親友の恋路を応援する――そのあまりにトンチンカンな言葉を聞いたナオは、掃除用のホウキを握ったまま固まった。
(はぁ。やっぱり、そうくるよね)
「……英理、あんたねぇ」
ナオは苦笑しながら、英理の頭をポンと軽く叩いた。
「応援してくれるとは嬉しかけどさ……。まあよか、今のところはそう思っといてもらっても構わんよ」
ナオはわざとらしく溜息をついたが、頭の中では(この『天然の壁』をどうやって崩していこうか)と、次の作戦が回り始めていた。
♢
翌朝。
佐藤が昇降口から教室へ向かって廊下を歩いていると、向こうから英理が軽やかな足取りで歩いてくるのが見えた。
「あ、おはよう、佐藤くん!」
英理は昨日とはまるで別人のように、屈託のない爽やかな笑顔で声をかけてきた。予想外の挨拶に、佐藤の心臓が大きく跳ね上がる。
(えっ、神之浦さんから……!?)
わざわざ隣のクラスの自分を見つけて挨拶してくれたことに、佐藤は顔を真っ赤にしながら精一杯の笑顔を返した。
「お、おはよう……神之浦さん!」
今度は昨日みたいに逃げ出さなかった自分に、佐藤は少しだけ自信を持った。
しかし。
英理は佐藤のすぐそばまで歩み寄ると、内緒話でもするように声をひそめた。
「あのね、佐藤くん。
ナオのこと、ほんまによろしくね! ナオ、とっても良い子だから。じゃあ、またね!」
英理は佐藤の肩をポンと軽く叩くと、悪気など欠片もない満面の笑みを残し、自分の教室へと去っていった。
廊下に一人残された佐藤は、英理の後ろ姿を見送りながら、複雑すぎる表情で固まった。
「……よろしく、って……」
その様子を少し離れた角から目撃していたナオは、口元に手を当てて吹き出しそうになるのを必死にこらえていた。
(ああ、もう! 英理、ほんまにどこまで天然なんよ)
♢
その後の休み時間。
「……ナオ、ちょっと時間ある?」
「お疲れ、佐藤くん。また英理に『ナオのことよろしくね』って言われたと?」
ナオがズバリ言い当てると、佐藤は深々とため息をつき、ナオの前の席にへたり込んだ。
「なんであんなに無邪気なんよ。朝から俺に会いに来てくれたのかと思って、正直、心臓が持たないかと思ったわ。どうすればいいんだよ……」
佐藤は頭を抱えて唸る。
「うーん、そうやねぇ……」
ナオは腕を組み、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ならさ、作戦を変えよう。『ナオと佐藤くん』っていう構図を、英理の脳内から強制的に排除する」
「……排除するって、どうやって?」
「あんたが英理に対して、『俺はナオのことは何とも思っとらん。俺が見とるのは英理、あんたばい』って直接否定してみせるの。それも、私がいないところで、あの子が言い逃げできんタイミングでさ」
佐藤はごクリと喉を鳴らした。
「……ナオ。本気でそんなこと言えるか?」
「あんたのその真っ直ぐさ、あの子にぶつけてやりなよ。今日の昼休み、作戦を実行するよ」
「今日の……昼休み!?」
「そう。英理と私、そしてあんたの三人で、体育館の横に行こう。あそこなら放課後ほど人はおらんし。
私が『飲み物買ってくるわ』って言ってその場を離れるけん、残された二人で、あんたがちゃんと決着をつけなさい」
「二人きりになって、そこで俺が……」
「英理のあの思い込みを、あんたの言葉で全力で破壊するとよ!」
佐藤は深く息を吸い込み、強く拳を握り締めた。
「……分かった。ナオ、ありがとう。もう逃げない。今日のお昼、絶対に伝える」
「もし英理がパニックになっても、後でちゃんとフォローしてやるけん。
さあ、行くよ。あんたの青春、見せてもらいなっせ!」




